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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

コンビニ人間――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

「今日さ、飲み会に行ったら、みんなご飯屋さんの話ばっかりしてて、最悪だった」

 とある飲み会の帰り道、私は友人へ電話をかけた。

 携帯電話の通話口から、さっき食べた串焼きの甘いタレの匂いがする。そんなことにも、苛立ちが増した。

 私はあの人たちとは違う。みんなで集まっても、お酒を飲んで美味しいものの話しかしない、あんな大人たちとは。

 口元をぬぐって、私は友人に訴え続けた。

「みんなが住んでるあたりで美味しい店ってどこなの? あの店は行ったことある? って、そんな話ばっかり」

 その飲み会には音楽プロデューサーや、音楽事務所のスタッフなどがいた。私は音楽業界に入ってきた新人として呼ばれたのだった。

 二、三人の大人たちが、私の住む駅の近くの店について話し始めた。あの店の寿司は値段の割に大したことがないから行かない方がいいとか、あの店のハンバーグは柔らかくて飲める程だとか。

 私が美味しいお店を一つも知らないと答えると、彼らは信じられない、という表情をしてから、どこか嬉しそうに話し始めた。

「そうなの〜? もったいないね、あのへんは美味しいものがたくさんあるのに。ホラ、あのガソリンスタンドの通りにある、角の焼き鳥屋行ったことない? あそこの鶏の軟骨入りのつくねは絶品なんだから。それから、駅前のローストビーフもむちゃくちゃ美味しいんだよなあ。え? そこも行ったことないの? 折角デビューしたんだから、そのくらい食べに行った方がいいよ。それからオススメの店は……」

 私を置き去りにして話は勝手に盛り上がっていた。今度一緒に行こうよ! という声が、喧騒に混じって聞こえてくる。

 私はその姿を無言で眺めていた。汚い大人。ご飯の話ばっかりして、快楽に溺れているんだわ。

 私の目には、彼らが、千と千尋に出てくる「お父さんとお母さん」のように見えた。

 知らない街で勝手に飲み食いする父と母が、次第に豚へと姿を変えていくシーン。よだれを垂らし、豚に変わっていることすらも気がつかずに、ご飯を貪り続ける醜い姿。

 私は電話口で軽蔑を込めて友人に言った。

「最悪だった。音楽業界の大人って、あんな感じなんだなあって。私はあんな風にはなりたくないと思った」

 しかし、電話越しに聞こえてきた言葉は私が期待していたものとは違った。

「なんで、それが最悪なの?」