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雑誌「プレイボーイ」を生んだヒュー・ヘフナー 遺産のゆくえ

死因は「老衰」だった ©共同通信社

 米「PLAYBOY」誌の創刊者で実業家のヒュー・へフナー氏が、先月27日、老衰のためロサンゼルスの自宅「プレイボーイ・マンション」で死去した(享年91)。

 1953年、母親を含む45人から8000ドルの投資を募り、マリリン・モンローのヌード写真を掲載した「PLAYBOY」誌を創刊。またたく間に大成功を収めると、同誌と自身の派手なライフスタイルで60年代に米国で起こったセクシュアル・レボリューションの代表的人物の1人に数えられた。

「世界一のプレイボーイ」の名をほしいままにしたヘフナー氏は、老齢においても若い美女を愛し、12年、当時26歳だったクリスタル夫人と3度目の結婚。60歳の年の差カップルは大いに話題となったが、この数年はメディアへの露出が極端に減り、たびたび死亡説が流れていた。

「体重が40キロまで落ち込んだヘフナー氏は背中に痛みを抱え、寝たきりの状態が続いていたとされます。病状を隠すため、本人に会うのに秘密保持契約書への署名を求められたという証言まで飛び出しました。2人の前妻との間に4人の子供がおり、クリスタル夫人との間にも子供を望んでいたようですが、叶いませんでした」(現地紙記者)

 昨年8月には、ヘフナー氏がおよそ40年間暮らし、毎年ハリウッドのセレブを招き豪奢なパーティーが開かれることで知られた「プレイボーイ・マンション」がおよそ101億円で売却されたことが報じられた。

「賃貸契約を交わし、ヘフナー氏が死ぬまで住むことが出来るという条件での売却でした。29の寝室に加え、テニスコートやプールのついた豪邸を購入したのは32歳の投資会社幹部。ヘフナー氏は『PLAYBOY』誌の運営会社の株35%を保有しており、その価値はおよそ40億円とか。ただクリスタル夫人は婚前協約で、遺産の相続リストから外されているといわれ、株の行き先にも注目が集まっています」(同前)

 ヘフナー氏の死後、マリリン・モンローと「永遠に過ごすため」モンローの隣の墓を7万5000ドルで購入していたことが発覚。その賛否をめぐり論争が沸き起こっている。

“稀代のプレイボーイ”は死してなお、スキャンダルで伝説を遺す――。