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楠木 建
2017/10/10

楠木建からの提言「『男の威張り』を怒るな、悲しめ」

楠木建の「好き」と「嫌い」  好き:悲しむ  嫌い:怒る

男の「威張り」

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

 こういうことを言うと最近の世の趨勢に逆らうことになりそうなので、重々気をつけて言葉を選びつつ言うのだが、女男同権にして女性の社会進出目覚しい昨今にせよ、女と男にはそれぞれに本能的レベルでわりと根本的な違いはあるものだ(←女を先に置いているところ、この辺にひとつご留意ください。もちろん僕は女性の社会進出、女性の活躍は賛成です)。男女ともにそれぞれに固有の美点と欠点があるように思う(←あくまでも傾向としての話ですので、ひとつおおらかな気持ちでお受けとめください)。

 威張る。これは「動物界の脊索動物門の脊椎動物亜門の哺乳綱の霊長目の直鼻猿亜目の狭鼻下目のヒト上科のヒト科のヒト亜科のホモサピエンスの男」という動物に、海よりも深く埋め込まれた本能的な宿痾(しゅくあ)であるとしか思えない。その筋の研究によれば、これは種の保存とか、序列をはっきりさせて集団生活の秩序を維持するために、男性に組み込まれている動物的な本能らしい。

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 もちろん女性もヒトという動物である以上、周囲に対して自己の優位性の誇示をすることもある。しかし、威張りの程度はやはり男性よりはずっと少ないような気がする。最近では、会社の社長や上級管理職に就く女性も増えた。そういう方々とお目にかかると、男と比べて威張りオーラが強い人ははるかに少ないというのが僕の実感だ。統計的なデータを持ち合わせているわけではないが、調査をして二群の平均値の差のT検定にかけたとしたら、p<0.0001の水準で有意な差がありそうだ(だれかこういう調査をしてくれないかな)。

「威張り」は、オスのDNAに組み込まれているものだとつくづく思わされる局面に出くわす。例えば、脂ぎったやる気満々の働き盛りの男性同士の会食。こういう場で紳士諸氏を観察していると、表面的には「どうもどうも……」と社交的かつ紳士的に話をしているようでいて、よくよく聞いてみると、極めて遠まわしの表現ながら、最初から最後までようするに「オレは偉いぜ」「オレはすごいぜ」「オレはでかいぜ」とお互いアピっているだけ。こういうことがしばしばある。

 ここで確認しておきたい。この種の男の威張り大会にはさほどの悪意はないのである。威張り(=優位性の誇示)は男の本性にして本能。どんな人にも多かれ少なかれあるものだ。

 もちろん僕も例外ではないだろう。自分ではこの醜い男の本性を自覚しているつもり、なるべく威張らないようにしているつもりなのだが、それでも読者からしてみれば、「このハゲオヤジ、威張りやがって……」と感じる局面もあるのではないかと推測する。

 男の本能である以上、威張りはオヤジに限った話ではない。若者も同じだ。インターネットの書き込みを見ていると、遠まわしにそこはかとなく威張っている人が結構いる。こういう視点でSNSの記事やそれに対するコメントを読んでみると、それはそれでなかなかに味わい深いものがある。