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連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

桜庭 一樹
2017/10/15

『あゝ、荒野』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

格闘技とサバイバー

 以前、極真空手を習ってたことがある。わたしの体感だと、道場生には三つのタイプがいた。

(A)喧嘩が強くなりたいヤンキー とにもかくにも殴りたい 四五%
(B)格闘技、格闘漫画のオタク やたら詳しくて楽しそう 四五%
(C)いじめや虐待のサバイバー まず身を守りたい 一〇%

 でも(C)のサバイバーは、(A)のヤンキーや(B)のオタクのふりをしていることも多かった。擬態することも身を守る手段だから、だろうか。だから、よっぽど親しくならないと、お互いの正体には気づけなかった。もしかしたらもっと大勢いたのかもしれん、と思う。

 さて、この映画は、サバイバーの理容師、バリカン建二が、ヤンキーの擬態をしているサバイバーである少年院帰りの新宿新次と、場末のボクシングジムで運命的に出逢うというお話なのだ。

©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

 バリカンは新次に憧れ、惚れて、惚れこんで、どっちかが死ぬまでリングで戦いたいと夢見る。父親から殴られ続けて、愛を知らずに育った彼にとって、ボクシングは“身を守る手段”なだけじゃない。“唯一のコミュニケーション方法”だからだ。愛し愛されるはずの親との間に、暴力しか存在しなかったために。

 子供に戻ったような無邪気さで、「新次みたいになりたい」「ボクシングでなら繋がれる」と繰りかえすバリカンを演じるヤン・イクチュンが、切なくて最高にいい!「兄貴、そんな目で見るなよ……」「殺されるぐらいならぶっ殺してやるぜ……」と嘯(うそぶ)く新次を演じる菅田将暉も、“輝きが人のカタチを取ったもの”の役を全身でキラキラと表現して、綺麗だ。

 コーチ役のユースケ・サンタマリアが“放し飼い”なのもよかったなぁ。

 原作は寺山修司が六六年に発表した唯一の長編小説『あゝ、荒野』(角川文庫刊)です。

INFORMATION

『あゝ、荒野』(2部作)
新宿ピカデリー他にて前篇が公開中、後篇は10月21日より公開
http://kouya-film.jp/