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【日本シリーズ】1996年、就職氷河期と仰木オリックス日本一の記憶

文春野球コラム 日本シリーズ2017

2017/11/01

【監督・梶原紀章からの推薦コメント】
 実は新聞記者時代に最初に私が担当をした球団がオリックスでした(当時はブルーウェーブ)。まだ22歳の駆け出しのころで色々な方にご迷惑をおかけしたと思います。一番の思い出はイチローさんのポスティングによる移籍会見。当日になって急きょ発表をされたのですが、その日は休みで散髪をしていましたが途中で切り上げ、会見場に向かいました。若さゆえの危機管理不足だったなあと思います。そんな思い出と愛着のあるオリックス。DOMIさんの愛に溢れるコラムをご覧ください。

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はじめに

 自分も例に漏れずセミロングヘアーだった。自分の場合はキムタクと言うよりはカート・コバーンを意識しての物だったが。不相応にヴィンテージリーバイスも穿いていたし、機械エンジニアでもないのに足元はレッドウイングのブーツでキメていた。時は1996年。「がんばろう神戸」の合言葉の下、仰木彬監督率いるオリックス・ブルーウェーブが悲願の日本一を勝ち取った年。後に「就職氷河期世代」と呼ばれる若者達が貧しくもエネルギッシュな毎日を過ごしていた、そんな時代の物語である。

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オリックス・ブルーウェーブが悲願の日本一を勝ち取った1996年 ©文藝春秋

氷河期世代の貧しくもエネルギッシュな一日

 1996年10月24日。待ち合わせに現れたのは全員が安室奈美恵のような格好をした専門学生3人組だった。挨拶もそこそこに予約した炉端屋へ向かう6人。炉端屋の入り口では日本シリーズのテレビ中継、しかもオリックス・ブルーウェーブが王手をかけての第5戦である。みんなを奥へと促してそのまま少しだけ中継に見入る自分。ちょうどイチロー選手の打席だったがショートライナーに倒れてしまった。さすがは斎藤雅樹、ミスター完投である。しかし今年の長嶋ジャイアンツ、まさにそうそうたる顔ぶれだ。「メーク・ドラマ」と言われた最大11.5ゲーム差からの逆転劇。仁志敏久から始まるG打線は松井秀喜、落合博満へと続く超強力打線で夏の円山球場・対広島戦での9連打はまだまだ記憶に新しい。数ヶ月後にはこの「メーク・ドラマ」がこの年の流行語大賞にも選ばれる事になる。

 奥の座敷へと合流すると既に打ち解けた様子の面々。聞けばドラマ「ロングバケーション」の話題で盛り上がっているらしい。ツレ(連れ)の一人はこの後カラオケで「LA・LA・LA LOVE SONG」を歌うと息巻いているが、あぁどうでも良い。それよりも星野伸之は1戦目に続き巨人打線を抑える事が出来るのか、昨日は当たりのなかったトロイ・ニールに当たりは戻るのか、自分の頭の中は日本シリーズの事でいっぱいでコンパも上の空である。乾杯を済ませ、ありきたりな自己紹介タイム。豚バラが焼きあがるまでの待ち時間にそっとテレビの前に戻る事にする。ちょうど福良淳一の打席であった。見れば試合が動いているではないか。カウンターの常連さんらしきおっちゃんに聞けば仁志のホームランのその裏、ニールと小川博文のタイムリーだと言う。頑張れ福良、小川に続けとおっちゃんと声援を送るも三振に倒れる。しかし、オリックスの継投を考えると豚バラ以上に美味しい5点。これはグリーンスタジアム神戸での胴上げも決まったようなものかと浮かれながら座敷に戻る事にする。

 座敷では既に異常に盛り上がっている面々。どうもツレのもう一人が持参した「ポータブルMDプレーヤー」で安室奈美恵の「Don’t wanna cry」を聴いているようだ。お前ら、1つのイヤホンを片方ずつ2人で聞いてもL・R同じものは鳴ってないぞと突っ込みそうなのは我慢して、しばしコンパの輪に入る事にする。

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