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若年性認知症とパンデミックの悪夢

『シスト』 (初瀬礼 著)

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はつせれい/1966年、長野県生まれ。2013年、通り魔事件とその復讐劇を描いた『血讐』(リンダブックス)で第1回日本エンタメ小説大賞優秀賞を受賞、作家デビュー。現在、テレビ局に勤務。『シスト』が初の単行本となる。

フリーのビデオジャーナリスト御堂万里菜(みどうまりな)は、チェチェンでの戦場取材から帰国後、佐渡島で高齢者虐待の現場を取材していた。その時、ふと二日酔いの後のような不思議な感覚に襲われる。いまいる場所がわからない、目の前にいる後輩の名前もわからない……。それは、アルツハイマー型認知症の兆候だった。

 刻一刻と失われてゆく記憶。「いま自分が何をしているのか」をメモに残しながら、次なる取材場所へと向かう(自らの病気をも自分で取材する!)36歳女性ジャーナリストの行動と心情は、冒頭から読者をひきつけて放さない。

 まったく新しいヒロイン像を生み出した著者は、テレビ局勤務という顔をもつ。報道や情報番組の分野で長年活躍してきたベテランテレビマンなのだ。

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「過去に、若年性認知症の患者さんを取材したことがあるんです。この病気は個人によって進行に幅があり、あっという間に記憶が失われてしまう方もいれば、車の運転ができる方もいる。認知症を通じていまの世の中が見えてくるところもあり、小説のテーマにぴったりでは、と考えました」

 逆境を逆手にとり、若年性認知症の番組を企画する万里菜。そんな折、タジキスタンで原因不明の感染症が発生し、取材に赴いた彼女の眼前で血みどろの惨状が! 謎の奇病は世界中に広がり、東京も機能停止に。背後には超大国の陰謀が見え隠れするのだが――。

「CIA勤務の女性の視点から安全保障を描く米のテレビドラマ『ホームランド』や、映画『ボーン・アイデンティティー』のような骨太かつエンタメ度の高い物語が好きなんです。自分でもスケールの大きい国際エンタメをフィクションとして作ってみたいという夢を持っていましたが、テレビ局での私の仕事はノンフィクション。テレビの世界で夢を叶えるのは年齢的にも難しくなってきたなと感じていた時、誘ってくれる編集者がいて、小説にチャレンジすることにしました。

 テレビの仕事も小説の執筆も、表現するという意味では一緒。自分の妄想を書き連ねて、あわよくば人に認めてもらいたいという思いで小説を書いています。

『シスト』の主人公は、病気に加え、普通の日本人では考えられないハンディを背負って戦うことになる。でも、現在の国際情勢を考えれば、これは十分起こりうる状況です。この状況をどうやって彼女が克服していくのか、注目して読んでもらえたら嬉しいですね」

若年性認知症と診断されたフリーの女性ジャーナリスト。逆境を逆手にとり、自らのドキュメンタリー番組を企画・取材している時に、タジキスタンで原因不明の感染症が発生する! 報道の現場を知り尽くした著者が、メディアの裏側、大国による諜報活動、紛争の最前線までを圧倒的リアリティで描くサスペンス。

シスト

初瀬 礼(著)

新潮社
2016年4月22日 発売

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