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佐藤 優
2017/10/25

もっとも狡猾なロシアの教科書――佐藤優が読む「隣国の歴史教科書」ロシア編

source : 文藝春秋 2015年7月号

genre : ニュース, 国際, 教育, 歴史

日本の隣国である中国、韓国、ロシアはどのような歴史観を持ち、どのような日本観を持っているのか。中国編韓国編に続き、本稿ではロシアの歴史教科書を分析する。

出典:文藝春秋2015年5月号/文:佐藤優(作家・元外務省主任分析官)

◆ ◆ ◆

ロシアという国家の「狡猾」な部分

ロシアの歴史教科書

 最後に、ロシアの歴史教科書を見て行きましょう。他の2カ国に比べて内容が圧倒的に難しく、大学レベルといっていい。まず面白いのは、日露戦争を帝国主義国家同士の戦争だ、と冷静に認識している部分です。

〈多様な原料を豊富に持つが、同時に政治及び軍事面では非常に弱い中国と、また中国に依存している韓国は、他のヨーロッパ諸国にとっては比較的手を伸ばしにくく、ロシアとは国境を接していた。しかし、ここでロシアは思いもよらないライバル日本と衝突した〉(『ロシアの歴史』教育出版社)

 開戦を「戦争はロシアにとって深刻な試練だった」として、日本とロシアの軍事力の分析を行います。

〈軍幹部に関しても日本は大きな強みを有しており、その働きは熟慮されエネルギッシュなものだった。ロシアの統帥は反対に、消極性とイニシアティブの欠如が際立っていた。このような特徴は、満州軍を率いていたA・N・クロパトキンにも見られる〉(同前)

 また、兵士たちも戦争の目的がわかっていなかったため士気が上がらなかったとも記します。これは、防衛戦争という大義があった大祖国戦争(独ソ戦)と対照的です。

 戦闘の記録は、コンドラチェンコ将軍の旅順防衛、マカロフ提督の戦死などかなり細かく描かれますが、中でも印象に残るのがポーツマス条約に関するくだりです。

〈極東において日本が過度に強大化することは、その同盟諸国、特にアメリカの計画には全く入っていなかった。まさにそのアメリカ政府が、ポーツマス(アメリカ)で行われた和平交渉において仲介者の役割を果たした〉(同前)

佐藤優(作家・元外務省主任分析官) ©文藝春秋

 ポーツマスでは、アメリカが日本を抑えようとしたために交渉が上手くいったと解説しているのです。ロシア外交団の勝利とはせずに、外交のリアリズムをきちんと分析した箇所です。その後に次の設問が続きます。

〈インターネット情報を用いて「露日戦争:国民的恥辱かあるいは堅忍の学び舎か?」というテーマで発表をしなさい〉(同前)

 これは、「インターネット情報を用いて」という前段部分が、重要なポイントです。なぜなら、ロシア語で「露日戦争」と検索すれば、スターリンが1945年9月2日に行った対日勝利演説が必ずヒットするのです。

「1904年の露日戦争の時のロシア軍の敗北は、国民の意識の中に重苦しい思い出を残した。それは、我が国の上に汚点をとどめた。わが国民は、いつの日にか日本が粉砕され、汚点が払拭される時が来ると信じて、待っていた。われわれの年長者たちは、四十年の間、その日を待ちわびた。そして、その日が到来したのである」

 これを読めば、第二次大戦の日本との戦争が、日露戦争の復讐戦だったことが、すぐ理解できるようになっている。ロシアの教科書執筆者は、この辺りまでしっかりと計算した上で、設問を作っているのです。復讐戦となった第二次大戦における対日戦争の記述からは、ロシアという国家の狡猾な部分が読み取れます。

〈ヤルタ会談での根本的な合意に従って、ソヴィエト政府は1945年4月5日に日本との中立条約の破棄を通告し、8月8日に日本に宣戦布告した〉(『ロシアの歴史』)