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近藤 正高
2017/10/18

ご存知ですか? 10月18日は“ミニスカートの女王”ツイッギーが来日した日です

またたく間にミニスカブーム到来。若い女性たちの羨望の的に

 いまから50年前のきょう、1967(昭和42)年10月18日、イギリスのファッションモデル、ツイッギー(当時18歳)が来日した。「小枝のような」という意味のその芸名は、プロポーションのよさからつけられたもの。前年の66年にデビューするや、細く長い手足でミニスカートを着こなす姿が一躍脚光を浴び、「ミニの女王」と呼ばれた。ただし、この日午後4時45分に羽田空港に着いたときには、ひざ下10センチのキュロットスカートという姿であった。到着時、空港の送迎デッキには大勢の女性ファンが詰めかけており、歓声が上がる。

 翌19日、東京ヒルトンホテル(現在のザ・キャピトルホテル東急)で記者会見を行なったツイッギーは、今度はひざ上30センチの超ミニドレスで登場。記者から、知っている日本語を問われて「ハイ」と答えたり、いま一番ほしいものは? との質問には「幸せ」と返したりと、10代らしい無邪気な態度で応じた。3週間にわたる日本滞在中には、大阪を皮切りに名古屋、東京でファッションショーを開催。東京の日本武道館では、やはり同時期にブームとなっていたグループサウンズ(GS)の音楽を組み合わせたショーを行ない、8500人の観客を集めた。

来日翌日、東京ヒルトンホテルの記者会見に超ミニドレスで登場したツイッギー ©共同通信社

 ツイッギーを日本に招待したのは、合成繊維メーカーの東洋レーヨン(現・東レ)だった。このとき企画の中心として働いた同社の宣伝部長(当時)の遠入(えんにゅう)昇は、前年のビートルズの武道館公演を観て、時代の新しい流れを感じ、ミニスカートの普及のためツイッギーを呼ぼうと決めたという。繊維産業に陰りが出ていたこのころ、遠入には「もしスカートが短くなれば、ジャケットもワンピースも、コートも短いものに買い替えることになる。ランジェリーすら替えなくてはならない。日本中の女性がそうなれば、膨大な経済効果が期待できるはずだ」との思惑があった(『朝日新聞』2010年9月25日付夕刊)。はたしてツイッギーの来日を機に、ミニスカートは若い女性を中心にまたたく間に日本に広まり、2年後には、時の佐藤栄作首相の寛子夫人が渡米時に着用するまでになった。

 先月まで放送されていたNHKの朝ドラ『ひよっこ』では、ヒロインの友人が「ツイッギーそっくりコンテスト」で優勝し、夢だった女優の道が開かれる様子が描かれた。当のツイッギーもまた、70年代に入ると女優に転身し、映画やミュージカルで活躍するようになる。その後、結婚して母親、さらにビジネスパーソンとしての顔も持つようになった彼女は、2004(平成16)年には日本で新ブランド「TWIGGY」を立ち上げるため、再来日している。