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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/10/24

カエル丸ごとジュースがペルーで愛飲される、ちょっとスピリチュアルな理由――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 先日、二十五年ぶりにペルーを訪れた。ペルーは南米でも屈指の面白い国だと思う。理由は多様性。乾燥した海岸部、標高が三千〜四千メートルもあるアンデス山脈、そして熱帯雨林のアマゾンと、極端に異なる三つの地域があるうえ、先住民とスペイン系とアフリカ系がごっちゃになって暮らしている。当然、ヘンな食べ物の宝庫でもある。

 その筆頭が「フーゴ・デ・ラナ(カエルジュース)」。聞けば「カエルをさっと茹でて、丸ごとミキサーにかけて液状にし、それをごくごく飲む」とのこと。

 なんだ、そりゃ? である。カエルは食べ物としてはアジアでもアフリカでもあるが、飲み物にするなど聞いたことがない。

ジュース用ヒキガエル

「それはきっと『ハサミのダンス』から来てるのよ」。昼食の席上、私の疑問に知り合いのペルー人女性二人が答えた。あまりに唐突だし、二人して両手でハサミのポーズをとるので、いつの間にかカニを使ったヘンな食べ物の話に移行しているのかと、スペイン語の下手な私は思ったほどだ。

 しかし、やはりハサミはカエルの話だった。ペルーには地方ごと、もっと言えば、村ごとに独自の伝統舞踊がある。その一つで、アンデスを代表する踊りがダンサ・デ・ティヘラス(ハサミのダンス)。リマでも人気で、なんとユネスコから世界無形文化遺産に指定されているという。日本の能などと同格なのだ。

 あとでユーチューブで見たら、きらびやかな衣装を着け、両手にハサミをもってカチャカチャ鳴らしながら、複雑なステップを踏んでいる。ハサミと言っても、音がなるようにしたダンス用のものだ。

 一方、リマではやらないが、村の祭りでは、「ダンサーは生きたカエルを踊りながら食べてしまう」という。「体が熱くなって、スーパーナチュラルなエネルギーが出て、地面に倒れても痛みを感じないし、一晩中踊れるようになるのよ」。

 なるほど。この有名な踊りにあやかり、特に山の人は寒さが厳しいときや疲れたときに、半分スピリチュアルな力を求めてこれを飲むのだ。リマでも、庶民の間では人気があるらしい。

 とはいうものの。その晩、ユーチューブで村祭りでのハサミのダンスを見て絶句してしまった。驚いたことにリマの華麗なダンスとは似ても似つかないものがいくつも登場するのだ。

 なにしろハサミをもっていない。衣装もない。たいていはTシャツにズボン。彼らのやることといえば、とんぼ返りをうったり、鉄の串や鎌の刃を顔や腹に刺したり、紐でぐるぐる巻きに縛られて地面にたたきつけられたり。ダンスでなく曲芸かSMショー。

 極めつきはカエル。ぴょんぴょん跳ねているトノサマガエルほどの大きいやつを捕まえ、そのまま丸呑み。噛むことすらしない!

 別のダンサーは生きたカエルを手で引きちぎってむさぼっている。トランスしているらしく、みんな、ニタニタ笑っている。なんだか悪霊がとりついているようで、背筋が冷たくなる。

 地元の人やネットの情報によれば、この踊りは長らく「異教の儀式」としてカトリックに禁止され、数十年前にやっと解禁されたという。

 私の想像だが、もともとこの踊りは土地の神あるいは悪魔に捧げる呪術的な踊りだったのではないか。おそらく、近年になり、その美しい部分だけを強調して改良されたものが中上流階級の手で世界的な伝統舞踊になり、土着の呪術的な要素はより強く庶民の間に残されたのではないか。カエルジュースも文字通り、悪魔のドリンクなのかもしれない……(次号に続く)。