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藤沢周平が描く“子どもの目”から見た家族のかたち
──松雪泰子×江口洋介×杉田成道

「北の国から」の演出家による江戸のホームドラマ『小さな橋で』

 市井に生きる人々の気持ちを細やかな筆で描き出した藤沢周平。没後20年にあたる節目の今年、短篇集『橋ものがたり』(新潮文庫刊/実業之日本社刊)から3作が映像化された(“藤沢周平 新ドラマシリーズ”第二弾。時代劇専門チャンネルとスカパー!の共同制作)。

『北の国から』シリーズを手掛けた杉田成道監督は、この中から『小さな橋で』のメガホンを取った。2017年11月3日(金・祝)の放送を前に、時を経てなお人々を魅了する藤沢作品の魅力を、母・おまき役の松雪泰子、父・民蔵(たみぞう)役の江口洋介、そして監督・杉田成道が語った。

左より松雪泰子さん、杉田成道監督、江口洋介さん ©石川啓次/文藝春秋

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杉田 藤沢周平さんの小説は、映像化が非常に難しいです。登場人物は欠点があるし、勧善懲悪の時代劇とは異なりヒーローがいません。そして、作品のコアにある人間の機微は、ストーリーを追うだけでは描き切れないんです。そのためエピソードや会話を加えますが、そこには映像化する我々の解釈が反映されるので、藤沢作品を扱いながら、完成した作品はどれも藤沢作品ではないのだと思います。今回映像化した『橋ものがたり』は藤沢さんの著作の中でも傑作の短篇集ですから、やりがいと同時にプレッシャーもあり、緊張感を持って制作にあたりました。

夫も娘も失いおまきの生活はすさむ ©時代劇専門チャンネル/スカパー!/松竹 藤沢周平

松雪さん演じるおまきは現代のワーキングプア?

杉田 藤沢さんが描く市井に暮らす人々には、現代を生きる我々もストレートに感情移入ができます。「小さな橋で」も言うなればホームドラマで、父親や母親の感情、そして親子関係や男女関係が平成の世に通じるところがあるんです。松雪さん演じる、飲み屋の酌婦に身を落とすおまきなんて、現代のワーキングプアに似かよっているような気がします。

松雪 おまきは夫・民蔵の出奔以来、自暴自棄になり生活がすさんでしまいます。牛込水道町の飲み屋に勤めて、男性の相手をして酔っぱらって裏店に帰ってきては娘のおりょうを叱ったり、まだ10歳ほどの弟の広次に愚痴をこぼしたりと、追いつめられると感情を放出する役でした。初めはこんなにエキセントリックに感情を表現してよいのか不安になる程でしたが、気持ちの振れ幅が大きければ大きいほど、最終的には悲しくみえると感じました。

江口 僕が演じた民蔵も、もろい男性です。白銀町の遠州屋という問屋で番頭をしていましたが、博打に狂い、現代でいうと2、3000万円ぐらいの莫大な借金を作り、丁稚の頃から世話になった店の金を盗みます。捕まったら市中引き回しでしょうけど、自分を守るためか、家族に被害を及ぼさないためか、ある日、夜が明けない内に小さな橋を渡って江戸を出てしまう。そして4年後に舞い戻り偶然、ほんの短い間ですが、葭(よし)の原で広次と再会します。ただ、そんな事情を抱えていても、民蔵も広次もどこかたくましさがある。現代のドラマだと、そういった人間の強さを、笑いでごまかしたり、楽しそうな振りではぐらかしてしまうことが多いと思うんです。その中で、この作品は、親子の一番大切な部分を凝縮していると感じました。

広次は友達と通う葭の原で父と再会する ©時代劇専門チャンネル/スカパー!/松竹 藤沢周平

物語の根底にある人間への希望

杉田 広次にとっては、“ダメな親でも親は親”で、根っこに愛情があるのです。家族を取り巻く状況は悲劇的でも、生きることへの前向きさがある。こういった人物描写を藤沢さんがなさるのは、24歳のころ肺結核が見つかり、教職を離れ療養生活を余儀なくされた期間がおありだからだと思います。その経験によって、武家の三男や権力闘争で敗れた役人など、疎外された者への思いやり深い視線が育まれた。そして、未来がどうなるか分からない中で人生を見つめたから、自分が書く物語の根底には人間への希望を描こうと思ったのではないでしょうか。

松雪 私は藤沢周平さんの原作を拝読したとき、川のせせらぎのような美しい景色の中で、常に穏やかに世界が流れていくというイメージを持ちました。その世界に、杉田監督の演出によって、人々の感情や業、土地の泥臭い空気、ダイナミックさが加わったと思います。演じていて、新たな世界にいるような感覚に至りました。

杉田 『橋ものがたり』の中では、「小さな橋で」だけが唯一、子どもが主役の話です。私ならではの演出ができると考えたからこそ、この作品を選びました。主人公は、広次という少年ですが、私は『北の国から』で30年、子どもたちを描きました。その経験を活かして、今作では“時代劇版『北の国から』”を目指したのです。あえて役を当てはめるならば、広次が『北の国から』の長男・純くん(吉岡秀隆)、おまきは、人間らしい弱さのある父親の五郎(田中邦衛)の役回りですね。民蔵は、浮気して去ってしまう母の令子(いしだあゆみ)、広次の姉・おりょうが、純の妹役の蛍ちゃん(中嶋朋子)です。

松雪 『北の国から』との共通点は、“そこに生きる人を切り取っている”作品だということだと思います。お芝居であっても、その空間に生活している人として表現することを要求されました。撮影中に指摘をいただいたとき、監督が「これは時代劇じゃないから」とおっしゃったんです。それは、“芝居をするな”ということだと感じました。“その中に存在して生きてくれ”と何度も言われました。時代劇は形として演技を誇張する印象がありましたが、監督の演出は違いました。