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服部 文祥
2017/10/29

東京北端、見えない鹿を「見る」狩猟暦47年の親方

大都会の辺縁には野生の時空間が残っている #2――50年後の「ずばり東京」

 世界一といっていいほどの食の消費地・東京でも、直接命のやりとりに従事する「獲物師」が存在する。それどころか東京の森と海は、大物狩りの歴史が濃い一大ハンティングワールドなのだ。

 八丈島の漁師・赤間憲夫さんは、素潜り漁の「腕一本」で生きてきた、伝説の漁師だった(#1参照)。

 登山家・作家の服部文祥氏が、「獲物師」たちの生き様に迫る。

出典:『文藝春秋』2017年10月号「東京南端の漁師と北端の猟師」・全2回

◆東京都青梅市二俣尾、都庁から直線距離約35キロの山中

「見切り」と呼ばれるケモノの痕跡探しがはじまった。

 まだ朝6時過ぎだが、都内各地から集まった狩猟者たちの声が無線で盛んに飛び交っている。各々地域を分担して、イノシシの足跡(アシ)や食痕(ハミ)を探す。4、5月は竹林とジャガイモを植えたばかりの畑が見回りのポイントだ。竹林や周辺のケモノ道はもちろん畑を持つ住民の声も重要な情報になる。「学校の横」とか「フルヤさんちの畑」といったローカルな地名、「去年、センセイが20貫のシシを止めた竹林」など、仲間内しか通じない言葉がやりとりされる。

 有害獣駆除を見学させて欲しいと無理を言って、青梅猟友会の猟に参加した。参加と言っても、私は隊員ではないので銃を持たない。

「タキさん」と呼ばれる、乾いた声の主がリーダーのようだ。同行している猟友会会長の佐々木善松さんが、タキさんから指示を受けて、林道から住宅地に下り、奥の雑木林へ向かった。山の斜面に新しい足跡はない。一旦戻りかけたが念のため、奥の竹林を確認することにした。

 そこに「今朝タケノコを食べました」というイノシシのハミがあった。「見に来てよかった」と佐々木さんが安堵の笑みを浮かべている。

 状況を聞いたタキさんが「俺が見る」と無線を切った。どんな怖い親方が現れるのかとドキドキして待っていると、イガグリ頭の人の良さそうな小柄なオジサンが軽トラから下りてきた。動きが闊達で、見ていて気持ちがいい。

「いいアシがあったって?」

 瀧嶋康廣さん(67)だった。挨拶しながら、取材させてもらうことを告げるが「そう」とほとんど反応はない。「昨日なら、大きなシシが止まったのになあ」と瀧嶋さんのつぶやきが聞こえた。

案内猟師の末裔

瀧嶋康廣さん ©文藝春秋

 瀧嶋さんは青梅で代々案内猟師を勤める家に生まれた。

 奥多摩湖の工事で出た土砂や石灰を運び出すために、多摩川沿いの道路や青梅線は戦前から今と同程度に整備されていた。昭和期には、その鉄路を使って都心の裕福な狩猟者が頻繁に遊びにきた。彼らを案内するのが祖父の仕事だったのだ。

「お客さんはお金持ち。みんな道楽の鳥撃ちさ」

 生まれてすぐに瀧嶋さんの父親は亡くなり、猟師の祖父に育てられた。だから狩猟はまさに生活の一部だった。瀧嶋さんも野遊びが好きになり、猟師になることに何の疑いも持たなかった。

「ヤマメ釣りか空気銃かウサギ追いくらいしか、遊びがないんだから。家業が猟師だし、空気銃のパッキン交換にも中学生の俺が電車に乗って行ったりしたな。鉄砲は20歳で免許を取ったから、もう47年やってるよ」

 猟友会の仲間が「タキさんは鮎釣りでも日本一さ。あんなに釣る人はいないよ」とリーダーを自慢する。そんな青梅や多摩の自然を知り尽くす瀧嶋さんだが、キジとヤマドリから鉄砲を始め、その後ウサギを撃つことから大物猟に入っていった。

「ウサギをひとりで撃てるようになれば、イノシシだ鹿だはわけねえよ。ビーグル犬の鳴き声からウサギの逃げ道を予想して、待っているのさ。コツは、そうだなあ、青梅の猟師に聞けばある程度はわかるよ。後は自分で考えて、修正する。山を見る目だな。ウサギ狩りは方程式がないからな。自分の勘だ」

 今は案内猟師を雇って狩りをする裕福なハンターはいなくなった。だがウサギ猟などで鍛え上げた力量で、瀧嶋さんは青梅の有害獣駆除をまとめあげる親方になった。

「40年前は青猟会の主要メンバーだけでも50人はいたよ。まだ俺は若くて、仲間にも加えてもらえなかったけどな」

©文藝春秋

 50年前、青梅猟友会では地区会員は350人を越えていたが、いまは50人程度だ。全国でみても昭和55年には猟銃所持者が45万人いたが、平成24年には10万人を切った。一方、東日本大震災とそれに伴う原発事故以来、若者の間に足元の生活を見直そうとする静かなムーブメントが広がり、狩猟も見直されつつある。例えば女性ハンターはこの10年で倍増、罠猟の登録者数も増えている。だが銃猟のハードルはまだまだ高い。