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森岡 英樹
2017/10/30

“余命5年”の難病克服 東芝元社長・西室泰三氏の経営者人生

2013年に日本郵政のトップに ©共同通信社

 東芝元社長で東証会長、日本郵政社長などを務めた西室泰三氏が死去した。享年81。半導体事業売却が決まり、東芝が復活の糸口を見出したのを見届けるように10月14日、旅立った。

 最後の公の場となったのが、昨年1月の日本郵政の社長会見だった。筆者も参加していたが、西室氏は車椅子で会見場に入り、記憶違いの発言を連発するなど、衰えを隠せなかった。会見の最後に口をはさんだ事務局職員に声を荒げる場面があり、日頃、冷静沈着な西室氏とは思えなかった。

 西室氏が体調を崩して入院したのはその直後。そのまま4月に社長を退任した。

 西室氏は1996年、東芝の社長に就いた。アメリカ勤務が10年を超えるなど海外事業が長く、本流とされた重電部門以外からの初の社長就任だった。

 経営姿勢の特徴は、積極性にあった。筆者は、西室氏に何度か話を聞いたことがあるが、その際、「頼まれれば断らない」が信条と語っていた。

 その原点は東芝入社直後に患った難病との戦いにあるように思う。「原因不明、余命5年」と宣告された病に打ち勝つようにがむしゃらに働いた。そして米国駐在で先端医療と出会い、難病を克服する。

 積極姿勢は、タイムワーナーへの出資やDVD規格争いを勝ち抜く原動力にもなった。東芝の後、さまざまな役職を引き受けたのも、こうした信条に基づくものだった。

 最後の仕事となった日本郵政では、6000億円を超す巨資を投じて豪物流大手トール・ホールディングスを買収した。

 2015年11月、日本郵政グループ3社は株式上場を果たす。満面の笑みを浮かべ、東証の鐘を鳴らす西室氏の姿が焼き付いている。

 だが、その後、古巣の東芝は、不正会計に揺れ、米原発子会社ウェスチングハウスを巡る巨額損失が表面化するなど経営危機に陥った。ウェスチングハウス買収は西室氏が、その積極姿勢を買って、後継指名した西田厚聰(あつとし)氏が主導した案件だった。

 日本郵政でも、トール買収は4000億円の減損を余儀なくされ、失敗に終わった。西室氏に「断る力」があれば、と言う人もいる。だが、この毀誉褒貶こそが西室氏にふさわしい生き様だったように思う。