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連載THIS WEEK

井上 久男
2016/07/15

「あと20年第一線」
86歳鈴木修氏 衝撃の弔辞

source : 週刊文春 2016年7月21日号

genre : ビジネス, 企業

燃費データ不正では副社長が引責辞任
Photo:Kyodo

 スズキの鈴木修会長(86)の弔辞が、自動車業界で話題を呼んでいる。7月5日、浜松市内で行われた稲川誠一氏の葬儀。稲川家・スズキ合同葬の葬儀委員長として、修氏はこうあいさつした。

「私はあと20年は第一線で頑張ります。待っていてください。その時にはマージャンでもしましょう」

 6月28日に90歳で逝去した稲川氏は、終戦直後の1945年10月に、スズキの前身である鈴木式織機に入社。看板車種となった初代「アルト」の開発などに携わった功労者だ。創業家の婿養子となって、1958年に入社した修氏から見れば、苦楽を共にして、スズキを“軽自動車の雄”に育てた戦友だ。

 その稲川氏が死去した翌日、修氏は、燃費データの不正測定問題を受けて、最高経営責任者(CEO)を辞任した。ところが一転、「106歳まで第一線」発言が飛び出したのだ。

 もともと修氏は、健康管理には気をつかっていた。十数年前、東京駅近くの居酒屋で酒席を共にした時のこと。自らしめ鯖と枝豆を注文しながら筆者に言った。

「君も青い魚と色の付いた野菜は食べないといかんよ」

 ただ、修氏も記者の前では元気だが、昨年末から年初にかけて肺炎で入院している。今でも顔が赤みを帯びて浮腫(むく)んでおり、体調が万全ではないと見られる。

「最近の修会長は体調管理に一層気を使うようになり、大好きな日本酒をほとんど飲まなくなった」(スズキ関係者)

 スズキでは昨年、長男の俊宏氏(57)に社長を引き継いだ。そして、6月から俊宏氏はCEOも兼務することになった。

「狸オヤジの修氏と比べれば、俊宏氏は線が細い。売上高3兆円を超える大企業スズキの舵取り役としては荷が重いと、修氏自身が感じている」(自動車担当記者)

 燃費データ不正問題では、こんな場面があった。夜回りの記者が俊宏社長の経営責任を問うと、修氏は「新聞社でも社長がすぐに辞めますか」と逆ギレして、かばったのだ。

 さらに、迷惑をかけた全国の販売店には、自らお詫び行脚に出る意向を示している。死ぬまで“後見役”を果たす。そんな決意表明が、あの弔辞だったのかもしれない。