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連載近田春夫の考えるヒット

近田 春夫
2017/11/01

達者な歌唱のJUJUの新曲 感情移入は難しくない?――近田春夫の考えるヒット

『いいわけ』(JUJU)/『ONE』(Aimer エメ)

絵=安斎肇

 気がつけば……。

 元号が平成に移って久しい。いつのまにやら、その歴史ももはや三十年の長きになんなんとする今日この頃である。なるほど。そりゃたしかに昭和の時代とは異なった意味/定義となってしまったコトバの存外に増えてしまってるってぇのも、まあ仕方のないことですわな、と俺はそんなことを考えていたのだった。具体例にひとつを挙げれば、いまどきの若者たちが「アイドルを目指す」といったとき、彼等の瞼に浮かぶイメージたるや、お揃いの衣装の青年男子女子がステージを平行移動する光景しかないのでは? きっとおそらく。いやホント。一人で歌うアイドルなんてひょっとして――超大雑把にいったらよ――松浦亜弥あたりが最後だったってことになるんじゃないすかねェ……。

 ところで、今週編集から送られてきたJUJUだが、昔だったらこのヒト、ポジション的には誰に相当するんだろう。系譜みたいなことにアレコレとアタマを巡らしているうちに、本格ソウル/R&B路線とはいえ、吉田美奈子や大貫妙子などよりは“立ち位置”が芸能界寄りである。かといって宮本典子ほどでもない。大橋純子あたりの流れなのかしらん、とかなんとか、いずれにせよ、こうした“玄人筋に受ける”系の女性歌手のありようというのは、今述べたアイドルほどには、俗にいう隔世の感も強くはないようだと、気づいたのだった。

 少なくとも、この分野にいまだ“ソロ”という単位がしっかり健在なことだけは間違いのない事実であろう。

いいわけ/JUJU(sony)作詞:柿沼雅美、作曲:中野領太。小林武史が初プロデュースということを大きくアピールしていた。

 さて『いいわけ』であるが、聴いて感じるなによりは、歌詞のなんとなくテーマとするところのフワフワとした雰囲気は分からぬでもないとはいえ、もう一歩踏み込んで情景なりを把握してみようとすると、途端になにか掴みどころがなくなるというか印象が曖昧になってくる。その歯痒さのことである。例えば冒頭の、♪目を逸らせば幸せを演じられるの? である。一体これは“私が我慢をすればそれでいいってことなの?”なる意なのか。あるいは“あなたは見て見ぬふりをヘッチャラで出来る人なのね”的なメッセージととらえるべきなのか? 俺にはこの歌詞、ちゃんと説明をしてくれないと、登場人物二人の関係性が、よくわからないところがある。これではカラオケで歌うとき、どのような心持ちで臨めばよいのか、主人公に感情移入するのも結構大変なんじゃねーのと、余計な心配もしてしまったのだが、歌姫の伝統そのものは昭和以来連綿と受け継がれているのだとして、そこで歌われる歌詞の役割のようなものは、平成の三十年におよぶ歳月のなかで全く別のものになっていったのかもしれないなぁと……。JUJUの達者な歌唱を聴きながら、この六十六歳はそんなことを漠然と考えていたのであった。

ONE/Aimer(エメ)(sony)初武道館ライブで先行披露した曲のシングル盤。タイトルは「新たな一歩」の意味もあるとか。

 Aimer。

 新しいことをやろうとしている。その意気込みやよし。といったところであろうか?

今週の有無「この雑誌が出るころには選挙終わってるだろうけど、各党代表の演説で“一緒に戦っていこうじゃありませんか!”と言っているのを聞いて、新鮮だったね。もう最近は世の中“なんとかじゃないですか”一色になっているじゃん」と近田春夫氏。「これがいつ“一緒に戦っていこうじゃないですか!”になるのか、観察を続けたいであります」