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祝・横浜DeNA日本シリーズ進出! 小説家・佐藤多佳子さんのキャンプ取材を特別掲載

山﨑、三嶋、石田、熊原 4投手にインタビュー

2017/10/26

投手陣の練習を追って

 キャンプでは、最初のウォーミングアップが終わると、基本、野手と投手は別の場所で練習する。書きたい小説の主人公がピッチャーなので、投手陣の練習を追うことになる。多目的広場(広い原っぱ)でのキャッチボールのあと、その日のメニューによって幾つかのグループに分かれての練習になる。ブルペンでのピッチング、サブグラウンドでの守備練習、室内練習場でのコンディショニング。

宜野湾でのキャンプ風景 ©文藝春秋

 室内練習場は見学不可で、窓の間からちょっとのぞけるが、よく見えない。チューブ、ポール、メディシンボールなどを使ったトレーニングのほか、マシンを使ったバッティングやバントの練習、ショートダッシュなどをしている。野手もここで練習することがある。

 サブグラウンドの守備練習は、よく声が出ていて活気がある。ミスをすると、ノッカーのコーチ以上にチームメイトにやいやい言われて、やり直しになる。

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 私が見ている時のノッカーは必ず木塚敦志コーチだった。木塚コーチは、本当に、いつも、あらゆる場所にいる感じがした。投手陣のいるところに木塚コーチあり、である。現役引退後、球団職員になった一年を除いて、ずっと、横浜のピッチングコーチを一軍、二軍で務めてきた。選手から何かと感謝の言葉と共に名前のあがる名コーチだが、目の前で見ると、現役時代の気迫あふれるサイドスローのマウンド姿がオーバーラップする。ブルペンでは、キャッチャーが足りない時には球を受け、投手に頼まれて打席に立ち、実に気さくだが、納得のいかない投球に対してアドバイスする目と言葉は時に鋭く厳しい。

 
 ブルペンは、すごい空間だった。

 グリーンのビニールシートで覆われた独立した簡易な建物で、前方の傾斜のあるマウンド部分と、キャッチャーが球を受ける後方にのみ屋根がある。投手は六人並べるが、私が見ていた時、本格的なピッチングは四人以下でやっていた。右側に窓があるが、視野が限られるのと、見学者が多いので、外からはなかなか見づらい。取材パスの恩恵を最も感じたのが、ここだった。中に入ることができる。報道陣が入れるのは、両サイドの中ほどのロープで仕切った狭いスペースだ。屋根のない部分なので降ってくると濡れる。注目される投手が投げる時は、カメラが左サイドを埋める。取材陣が多い時のほうが、まぎれるので入りやすかった。人がいない時も、見たい気持ちが強くて、結局よくお邪魔した。

 自分の位置からは、投球開始で左を向き、ボールを追いかけて右を向いて捕手のミットを見る。捕手の横か後ろのほうが、ボールの軌道や変化がわかりやすいが、見えるものを見て、感じられるものを感じる。

 ボールが風を切るうなり、ミットがたてる轟音、捕手の「ナイスボール!」の叫び、反響が大きいので、これらの音が鋭く心身に突き刺さってくる。

 取材場所から一番間近の左奥のマウンドは、長年三浦さんの定位置だったが、今年からは、須田幸太投手が受け継いだ(他の投手も空いている時は普通に使う)。木塚コーチの現役時代と同じ背番号20の須田投手は、今はリリーフのポジションで、あの魂のピッチングともいうべき気迫をも継承している。

 怖いくらい間近を、スピンのきいたストレートが通っていく。きれいなフォーシーム。縫い目が回転するのが、本当によく見える。捕手の低く構えたミットにそのまま吸い込まれ、審判のストライクのコールを聞く。サイドいっぱい。アウトローか。球速以上に威力があり、打者の見逃しを誘い、空振りを奪う、須田投手の最大の武器。

 七日に、百三十球を超えるピッチングを一緒に見ていたスポーツ好きの編集者が「須田さんに削られました」とあとで言っていた。立っているだけなのに、しばらくいると、本当に疲労する。五感への刺激がすごいこともあるが、やはり、それ以上にプロ投手の気迫を、この近距離で浴びると、えらいことになる。四人投げていると、四倍の気迫がブルペンに満ちる。わずかな時間差で隣のミットが鳴り、ナイスボ!の絶叫が重なっていく。

 自分の投球に集中していても、隣で投げている人のボールや調子の良し悪しは、否応なく伝わってくるはずだ。どんな立場にいても、同じ場で投げている同僚に「負けない」「負けたくない」という気持ちになるのではないか。チームメイトはすべてライバルだという勝負の世界を目の当たりにした気がする。