文春オンライン

祝・横浜DeNA日本シリーズ進出! 小説家・佐藤多佳子さんのキャンプ取材を特別掲載

山﨑、三嶋、石田、熊原 4投手にインタビュー

2017/10/26
note

競い合いながら教え合う

 午前中は、練習スケジュールに記された投手のピッチング。多い時は、一軍捕手が二人受け、審判が三人つく。午後は、フリータイム。ブルペン捕手やコーチに頼んで投げることもあるが、多くは、タオル持参のシャドーピッチングだ。次々と人が来て満席になる。午前のひりひりした空気と、午後はまるで違っていてリラックスした雰囲気で会話も多い。

 休養日明けの十一日の午後は、石田投手の隣に須田投手が来て、左と右なので近距離で向き合う形になり、すぐに須田投手が自分のセットポジションの足幅のことで石田投手に確認をした。「いつもそんなに開いてないです」と石田投手が指摘すると、「こんなもんじゃないの?」と須田投手は納得せず、その場の他の投手にも尋ね、井納翔一投手は首をひねりながら自分の重心の置き方を話し、三嶋投手はニコニコし、平田真吾投手は自分のフォームで試し、端にいたルーキーの濱口遥大投手はシャドーを続けながら聞いていた。最後には顔を出した篠原貴行コーチまで巻きこんで、にぎやかな討論となった。

 ブルペンでお互いのフォームチェックをしたり、変化球の投げ方などアドバイスをするエピソードは聞いていたが、競い合いながら支え合うチームメイトの様子を見るのは、とても楽しい。

ADVERTISEMENT


 第二、三クールのブルペンでは、それぞれの課題を持ってフォームがためをし、コンディションを上げていく。同じ投手でも、日によってかなり内容の違う投球になる。陸上の取材をしている時にも感じたが、見たことを専門的に即時に理解できたら、どんなに面白いだろうと無理なことをしみじみと思う。

 ブルペンで投げ終わると必ず、時には途中でも、投手はよく捕手に話を聞く。投球内容について細かく尋ねているようだが、ブルペン捕手とのコミュニケーションはすごく重要だなと感じた。キャッチングそのものも、受けた印象の伝え方も、投手の調子に影響しそうだ。

 フリーバッティング、シート打撃、紅白戦に登板して、自軍の打者に投げる。次は練習試合のマウンドに上がって、他チームとの実戦。投げることの結果が、一つひとつ出てくる。横一線でブルペンで投げていたところから、一人ひとり違う結果を手にする。一軍当落線上の選手は、早々に厳しい通告を受け取ることにもなる。

 十二日、横浜の投手と横浜の打者が対決する紅白戦を初めて見た。どんな感じがするのだろうと楽しみにしていたが、意外と同じチーム同士……という特別感はなかった。一人の投手と一人の打者、そして守るバック、普通の真剣勝負だ。容赦ない勝負だ。誰もがアピールをし、生き残らなければならない。

 その紅白戦、一軍春季キャンプ初参加で、ブルペンや投内連係で生き生きとしたパフォーマンスを見せていた、二十歳の飯塚悟史投手が二回九失点と打ち込まれた。少し後で、グラウンドを出てきた飯塚投手とたまたますれ違った。落ちついた様子で普通に歩いている。若手のプロ選手として当たり前のことなのかもしれないが、その普通さをすごいと感じた。

 ピッチャーとは、ある意味、「打たれる」人、なのかもしれない。抑えたシーンより、打たれたシーンを濃く記憶している投手のコメントを時々見る。ルーキーで八勝をあげ堂々たる主力の一人となった今永昇太投手は、クライマックスシリーズ最終戦の初回六失点を、一生忘れず成長の糧にすると誓う。セットアッパーとしてシーズンを投げ切り、救援陣でチーム内の防御率が最もよかった田中健二朗投手は、振り返るとまず打たれたことを思いだすと語っていた。

 先日、インタビューした石田投手も、そうだ。クライマックスシリーズ東京ドーム第三戦の先発に関して尋ねたのだが、「打たれた」という言葉が真っ先に出てきたことに驚いた。負けたら(引き分けでも)シーズンが終わるという緊迫した状況、ドームの半分がベイスターズブルーに染まるファンの異様な熱気の中、「当たりまえのようにむちゃくちゃ緊張して、でも、このマウンドで投げることは、この先あるかどうかわからないから楽しんで……楽しいと思わないとちょっと無理だなって逆に思って」キーマンに挙げた坂本勇人選手を抑えてしっかりゲームメイクをした。この試合を含め、シーズンを通して、特に終盤の苦しいところで二度の連敗を止めるなど、プレッシャーに強い投球でチームを支えてきた。それでも、いや、だからこそ、「勝った状態のまま後ろに預けたかった」「この反省は、本当に今年につながる」と、打たれた本塁打に敢えて言及する。

 練習試合、オープン戦、シーズン、ポストシーズン、キャンプのブルペンからスタートして、どれだけ大きなステージを踏めるのか、一軍に留まり役割を担えるのか、すべてが可能性であり未知数だ。抑えたシーンより打たれたシーンが常に頭にある、そこにポジティブに向き合い努力できる、そんな投手が今季もチームを支えるのかもしれない。

 
 宜野湾の一軍キャンプが休みの十日、嘉手納の二軍キャンプを見学した。同じ場所に長くいるのが苦痛なほど寒かったが、選手たちの動きは溌剌としていて、活発な声が飛び交う。一軍の首脳陣が新戦力を間近で見たがるため、この時期の二軍キャンプには、むしろ実績のあるベテラン勢の顔が色々見られる。

 ブルペンには、高崎健太郎投手がいた。グラウンドでのシート打撃に登板する準備をしている。浅野啓司コーチがグラウンドと連絡を取り、「健太郎、あと十分!」、仕上げる時間の指示を出す。

 昨年、一軍登板のなかった高崎投手が投げるのを久しぶりに見た。三浦さんのあとを継ぐエースとしてファンが期待し、ピッチングスタッフが最も苦しい時期にローテーションを守った右腕も、三十一歳。ベテランの域にさしかかっているが、一軍ローテを守っていた頃と風貌は変わらない。威力のあるストレート、キレのあるスライダー、ブルペンのミットはビシビシと乾いたいい音をたてる。あまりにも援護がなく、好投してもなかなか勝利がつかない二年間のあと、投球内容が落ちてしまい、ファンはずっと復活を待っている。高崎投手を見られて良かった。でも、嘉手納だけでなく、宜野湾でも見たい。そう思っていたら、私が沖縄を離れた翌日に昇格の朗報を聞いた。

 入れ替えは、これからもどんどんある。開幕一軍に、どんな顔がそろうのか、年間を通じてどんな活躍が見られるのか、本当に楽しみだ。

 今年は、一軍だけでなく二軍の試合や練習もたくさん見たいと思っている。さらに、さらに、野球を追いかけていきたい。

編集部注:記事の言葉通り、今シーズン、佐藤多佳子さんはハマスタや横須賀へ何度も足を運ばれ、CS優勝の瞬間も広島で観戦をされていました。

 なお高崎健太郎選手は2017年シーズン限りでの現役引退が10月5日に球団から発表されています。

取材後、石田投手と佐藤さんのツーショット ©文藝春秋

佐藤多佳子(さとうたかこ)  東京生まれ。1998年「サマータイム」でデビュー。『一瞬の風になれ』で本屋大賞と吉川英治文学新人賞。ノンフィクションに『夏から夏へ』。今年5月、『明るい夜に出かけて』で山本周五郎賞を受賞。

オール讀物 2017年 04 月号 [雑誌]

文藝春秋
2017年3月22日 発売

購入する
祝・横浜DeNA日本シリーズ進出! 小説家・佐藤多佳子さんのキャンプ取材を特別掲載

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

オール讀物をフォロー