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連載平松洋子の「この味」

平松 洋子
2017/11/02

熱い鍋が増える季節に常備したい火傷の妙薬――平松洋子の「この味」

©下田昌克

 トレンチコートはそもそも塹壕戦のために作られた軍用服だとは知っていたけれど、腰のあたりについている金属のD型の鐶(かん)、あれは手榴弾を提げる道具の名残だと聞いたときはびっくりした。肩のストラップには、双眼鏡とか水筒を提げたらしい。ファッションに転用される以前、トレンチコートには大小いろんなモノがぶら下がっていたのだ。

 料理人が着るコックコートにも、いろんな機能がある。基本的なコックコートが厚い木綿地なのは、汚れや火や洗濯に耐えるように。ボタンが布製なのは、熱で溶けたり歪んだりしないため。しかも丸いノット型になっているのは、ひと押しでスルッと孔を通って脱ぎ着がしやすいように。袖の先がたっぷり長い折り返し仕様は、熱いものを掴むためだ。鍋の熱いふたを取りたい、熱い柄を握りたい、そういうとき、いちいち鍋つかみを当てがっていたらまどろっこしいし、タイミングもズレてしまう。ちゃっと自分の袖の折り返しを利用して、急場しのぎ。袖も道具の一部なのだから、コックコートも本当によく出来ている。

 それにつけても、いつも驚かされるのが、熱にたいする料理人の耐性だ。慣れ、あるいは修業の過程で身についた“技術”ともいえる。あるとき、天ぷらの職人が鍋になみなみ入った油の表面に指先をさっと走らせて温度をみたので、条件反射で「うあっ」と声を上げてしまった。そうしたら平然とした顔で返された。

「こんなぬるいの、たいしたことありません。だいいち、指を入れていい温度かどうか、自分でわかります」

 ぐうの音も出なかった。そうですよね、べつに芸当をやってるわけじゃない。肉を焼くシェフは、熱い肉の表面に指で触れて感触や温度を確認するし、目も耳も鼻も、全身が温度センサーになっているのが料理人というものだ。

 畏敬するのは、鰻を焼く職人だ。我慢ではなく訓練の成果、あるいは職人ダマシイ。一度でも焼き台の前に立ってみると、おののくはずだ。かんかんに燃えさかった炭火の輻射熱のすさまじさ。顔が火照るなんて、そんな悠長なものじゃない。それに、あれだけ激烈な輻射熱でなければ、上等な蒲焼きにはならない。鰻という食べ物の特別なうまさは、火を扱う職人仕事の価値でもある。

 それに較べれば、家での煮炊きはほどほどの熱の範疇におさまっているわけだが、でもうっかり火傷してしまうことがある。私の場合は、蒸籠からもうもうと上がっている湯気を甘くみる悪い癖が抜けず、サルでも覚えられるぞと反省が多い。

 火傷をするのは十中八、九、ぼんやりしているときだ。考え事をしていたり、疲れていたり、あせっていたり。半月ほど前、コンロの五徳をタワシで洗おうとしてつまみ上げた瞬間、ぎゃっと叫んで五徳を放り投げた。ぼうっとしていて、ついさっき湯を沸かしたのを忘れていた。

 とっさに塗り込んだのは馬油である。火傷をしたら、必ずこれ。熱湯を浴びて大火傷をした子供におばあちゃんが馬油をぬりたくって助けたという体験談を聞いて以来、かならず台所の棚に馬油を備えてきた。馬の脂の成分は人間の脂肪のそれに近いらしいのだが、いくら塗ってもみるみる浸透して、空気を遮断するのを実感する。冷やして痛みを紛らわせるより、すぐさま馬油。治りも早く、何度も馬油に助けられてきたので、ほとんど信仰している。

 これから熱い鍋が増える季節だな、と、馬油の中身を確認した。