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女同士とは絶対に違う、おじさん同士の理解しがたい“友情”

『劇団42歳♂』(田中兆子 著)――著者インタビュー

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劇団42歳♂』(田中兆子 著)

「女による女のためのR-18文学賞」で、選考委員の絶賛を受けて大賞受賞、デビュー作『甘いお菓子は食べません』では、40代女性の迷いやもがきを丁寧に描いた田中さんが、第二作で題材に選んだのは、不惑を越えたおっさんたちの友情だった。

「デビュー作を書き終えたとき、40代女性の抱える諸問題と真剣に向き合い過ぎたためか、ぐったりと疲れちゃって(笑)。そのとき、前々から男同士の友情って不思議だなあ、と感じていたことを思い出しました。女同士が微妙に牽制し合うのとは違う、どこかからっとした距離感がそこにはある気がして。男友だちを見ていると、大抵いじられ役が1人いて、傍から見るとひどいことを言われている。それでもヘラヘラ笑っていて、女性なら、絶対に友情が成り立たないのに、と。そういう男性の友情の謎を解き明かしたかったんです」

 本作では、42歳になる学生時代の仲間が劇団を再結成し、1日限定の公演を実現するための悪戦苦闘ぶりが、熱い思いとともに描かれていく。かつて「劇団21歳♂」という劇団を組んでいた5人は、今でも時々集まって酒を飲む間柄だが、その中の1人後田中(うしろだなか)が、長い下積み生活の末、不惑を越えて性格俳優として突如ブレイク。それをきっかけに、リーダー格の松井(まつい)が劇団を再結成しようと気焔を上げる。しかも、若くして調剤薬局会社を経営する松井は、公演にかかる費用はすべて自分が負担すると豪語。すでに劇場も押さえたという。1人突っ走る松井に、県庁職員の佐藤(さとう)や輸入車販売会社に勤める小柳(こやなぎ)、地元の小劇団で売れない役者をしている岩清水(いわしみず)は、半ばあきれながらも提案に乗ることにする。男の友情を描くには、劇団という場所が不可欠だったようだ。

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「男性って仲が良くても、そんなに深い話をしないじゃないですか。女同士だと夫の浮気やセックスレスの話も自然と出てきますが、男の人が『俺EDになっちゃって』とは絶対に言いそうにない(笑)。私は演劇が好きで、役者さんを観察していると、コミュニケーション能力が高くて、自分の考え方もどんどん口に出す人が多い。そうやってお互いを知り合わないといい芝居ができないんでしょうね。否応なしに自分をさらけ出さないといけない演劇の舞台に5人のおっさんを放り込んだら、男性の本音も自然な形で描けるのではないかと思いました」

「劇団42歳♂」が上演するシェイクスピアの悲劇『オセロー』と登場人物たちの生き方がいつの間にか絡み合ってくるのも大きな読みどころだ。松井が直面しているED問題や佐藤が抱える年下アルバイトとの不倫問題、役者として芽が出ない岩清水の焦燥感などが、『オセロー』の登場人物たちの心理状況と時を超えて重なり合い、それまで隠してきた自分の一面を仲間にさらけ出すことになっていくのだ。

「彼らが舞台で演じる作品の候補はたくさんありましたが、『オセロー』を読んでいるとき、オセローはEDだったんじゃないか、とひらめいたんです。男性がEDになる話は書きたかったので、これでパズルのピースが嵌(はま)ったと思いました。我田引水にもほどがありますね(笑)。元々戯曲の解釈が好きなので、毎回『オセロー』を読み込むのが執筆の原動力でもありました」

 公演という目標があるとはいえ、それぞれに仕事を抱え、日常に忙殺される5人の足並みはなかなか揃わない。そんな中、いじられ役の岩清水がついに松井にキレて稽古をボイコット。公演中止の危機に陥るのだが……。21年ぶりの1日限りの舞台の幕は無事開くのか?

「トラブルに直面したとき、20代ならお前が悪い! と平気で相手を糾弾できたんでしょうが、相手を責めても何も始まらない、というのを理解し始めるのが40代なんじゃないかって。彼らには不惑を越えてもまだ子供の部分が残っていますが、それでも歳を取ることで一緒に過ごした若い頃よりも、確かに成長している。ダメなところも含めて友人を受け容れようと必死になっている。きっとお互いの成長には気づかないままに、以前よりもずっと深く仲間を受け容れようと苦悩する姿は、理解できない相手を遠ざけがちな私にはわかりにくかったりもしました。でもこれが、男性ならではの友情なのかなと。書き終えたら、おじさんたちの友情が羨ましくなっていました(笑)」

たなか・ちょうこ
1964年富山県生まれ。2011年、短編「べしみ」で第10回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。14年、同作を含む『甘いお菓子は食べません』でデビュー。本作が2作目となる。

劇団42歳♂

田中 兆子(著)

双葉社
2017年7月19日 発売

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