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このメンバーと一緒に優勝したかった───三浦大輔×佐藤多佳子 横浜DeNA球愛対談 #1

日本シリーズ進出記念特別再録 

劇的な勝利はこの対談で予言されていた──? プロ野球生活25年間、最後まで先発にこだわって常に全力で投げ抜き、ファンから絶大に愛された“ハマの番長”三浦大輔さん。『一瞬の風になれ』で本屋大賞を受賞、大洋ホエールズ時代から熱烈な横浜DeNAベイスターズファンの佐藤多佳子さん。今春「オール讀物」4月号で夢の顔合わせが実現した。19年ぶりの横浜DeNAの日本シリーズ進出を記念し、お二人の熱い対談を特別再録する。

©杉山秀樹/文藝春秋

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どんなに打たれても下だけは向かない。最後まで前を向いて投げた

佐藤 長年の横浜ファンとして、三浦さんには本当にお聞きしたいこと、お話ししたいことが沢山あります。何から始めたらいいのか迷ってしまうんですけど、まずは、25年間、本当にありがとうございました。

三浦 こちらこそありがとうございます。

佐藤 引退試合には本当に行きたかったんですけれど、仕事があったし、そもそも、チケットを取るのに9時間くらい並んだファンの方もいたと聞きました。

三浦 横浜スタジアムでの僕の最後の登板日は、当初、9月24日のはずだったんですけど、22日の試合が雨天中止になって、本拠地最終戦が29日にずれたんですよ。その場で22日のチケット払い戻しをしながら、29日のチケット販売もするというのは、スタジアムの方も初めての経験だったそうで、長い列ができてしまいました。僕もあの時、球場にいて練習をしていましたから、すごい人数が並んでいると聞いて、ファンの方へお詫びのアナウンスを自分からさせてもらったんです。

佐藤 実は24日の巨人戦のチケットは私は持っていて、神様が三浦さんの最終戦と巡り合わせてくれたんだと喜んだんですけれど、そんなにうまくいかないですね(笑)。テレビで観戦になりましたが、三浦さんと、チーム全員の気持ちが伝わってくる素晴らしい試合でした。

三浦 良くも悪くもですね。何とか応援してくださる周りの期待に応えたかったんですけど、まあ、よく打たれました。それでも25年間ずっと続けてきた、どんなに打たれても下だけは向かない。前を向いて次にアウトを取ることだけを狙って、最後まで投げていました。

佐藤 チームメイト全員が三浦さんの背番号18のユニフォームを着ての引退試合でしたが、ご本人としてはどんな気分でしたか。

三浦 その話を聞いた時は嬉しかったですけど、いざ試合の当日は不思議な感じがしましたね。いつもユニフォームはロッカールームで配られるんですけど、他の選手のロッカーにずらーっと18番が並んで、いつの間にか、みんなが僕のロッカーに本来の自分の番号のユニフォームをかけていくんですよ。だから僕のロッカーは、後輩たちのユニフォームでいっぱいになりました。

 練習の時からみんな18の番号が入ったTシャツを着ていて、グラウンドに出たら、まず、記念撮影をしようということになったんです。スタッフや裏方さんにも入ってもらって、その中には僕が入団した時から、ずっとスタジアムで洗濯をしてくださっている方もいたし、すでに独特の雰囲気がありました。いつも通り練習をしながら、囲み取材を受けて、何だか夢のようでしたね。そうは言っても先発するわけですから、準備、調整はしっかりとやりましたけれど。

佐藤 息子さんが始球式で投げたのも、素敵だと思いました。

三浦 最後なので球団に無理をお願いしたんですけど、息子に親父が働いているところを経験させたかったんです。息子も野球をやっていて、将来、親父の投げていたこのマウンドでやってくれたらという思いもありました。