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楠木 建
2017/11/07

「フェイスブック」を好きになれない理由

楠木建の「好き」と「嫌い」  好き:葉書  嫌い:フェイスブック

バーチャル不要、つながり無用

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

 僕の娘の世代(20代)かそれ以下の若者はすっかりインスタグラムに移行してしまって、早くも「フェイスブック、何それ?」状態になっているらしいのだが、僕の世代のおじちゃま&おばちゃまには依然としてフェイスブックを使っている人が多い。

 このフェイスブックというやつがどうにも好きになれない。6、7年前に一応登録してみたものの、普段はまったく使っていない。気がつけば相当の人数の人たちと「つながって」いるのだが、完全放置状態になっている。

©iStock.com

 その理由は主として2つある。第1に、僕の性格である。人づき合いが億劫なタイプの僕は、そもそも多くの人々との「つながり」を求めていない。仕事で会ったり話したりする分にはイイのだが、私的な友達はそう多くない。というか、ヒジョーに少ない。特定少数の気心が知れている人とユルユルと長くつき合うほうを好む。

 だいたい僕のような人生の第3コーナーを曲がりきった年にもなると、本当に「気心が知れている友達」というのはそうそう出てこないものだ。僕の場合、4年ほど前に知り合ったHさんが「最新の友達」。その前となると、7年ほど前に出会ったTさんとRさんということになる。

 さらにいうと、僕は現場現物を重視するやたらと現実的な人間で、リアルなものにしか意味や価値を感じない。「リア充」という言葉があるが、そもそもリアルな世界以外に「充実」があるということがどうにも理解しがたい。バーチャル・リアリティ(仮想現実)だ、オーグメンテッド・リアリティ(拡張現実)だと、最近はリアリティにもバラエティが出てきたが、僕はリアル・リアリティ一本槍である。

 インターネット上で何百人、何千人とつながったとしても、しょせん体はひとつ。リアル世界では、そんなに多くの人と意味のあるコミュニケーションは成り立たない。バーチャルなつながりは、僕にとっては無用の長物である。