この長い長い極夜の旅の行程のなかで死ぬ可能性が一番高いのがどこかといえば、それはじつは今、目の前に横たわるメーハン氷河だと私は考えていた。

 村からわずか15キロしかはなれていないこの氷河こそ、極夜探検の最初にして最大の山場だった。もちろんその後につづく氷床やツンドラの大地も、極夜の暗闇という特殊空間を考えると、どのような状況になっているのか読めず、危険ではある。しかし、その危険は自分がどこにいるのかわからなくなり迷って人間界にもどれなくなるかもしれないという、いわば異常状況にともなう二次的リスクであるのに対し、氷河のリスクはもっとダイレクトで、要するに強烈なブリザードでテントごと海の底に叩き落とされるんじゃないかという危険だった。そうした不安があったので、出発前はメーハン氷河の登りと氷床越えのことを考えると本当に憂鬱になった。この氷河越えさえなければ本当にこの旅はだいぶ楽になるはずなのに、と何度思ったかわからない。

最悪な時に最悪な場所でテントを張ることになり……

 そして、強烈なブリザードを喰らう場所として最悪なのが、氷河の途中とか麓だった。シオラパルクの大島育雄さんの話だと、氷河では氷床からの風が滝のように一気に吹き下ろすので、下に行けば行くほど風速が強まる傾向があるらしい。氷河でブリザードに直撃されるのはやばいと分かっていたので、本来なら事前に荷揚げをして、本番では橇を軽くしてなるべくスピーディーに氷河を登高しようと考えていた。ところが現実には定着氷の凍結状態の悪さから荷揚げに失敗し、目の前の橇には2カ月分の物資がフルに山積みになっている。こんなに荷物が重たい状態では氷河を登り切るのに何日かかるかわかったものではない。メーハン氷河は標高差にして1000メートルもあるうえ、途中に傾斜の強い難所が連続する厄介な氷河である。おまけに天気予報では明日からふたたび風が強まるらしい。今後の旅の計画を考えると、タイミング的にやむを得なかったとはいえ、私はブリザードがやってくる最悪の時に氷河の麓という最悪の場所でテントを張ることになってしまっていた。

 探検とはシステムの外側の領域に飛びだし、未知なる混沌のなかを旅する行為である以上、計画通りいかないのがいわば当たり前であり、計画通りにいくような旅を計画できたら、それはその時点で探検ではないとさえいえる。いえるのだが、しかし、本音を言えば出発のときぐらいは穏やかであってほしいし、計画通りいってほしいのが人情というものだ。氷河の麓に到着したときは完全に無風だったので、その天気に心理状態が影響を受けて、いやー予報は外れたかな、ラッキーと楽観的な気持ちで夕食を食べて寝袋に入ったのだが、しかしやはり私の観天望よりネットの予報のほうがはるかに正確だった。