嵐は40時間ほどでおさまった。とりあえず死ななかった……と胸をなでおろし、私は寝袋からごそごそはい出した。時計を見ると午前10時、ひとまず濡れた装備を天井に吊るしてコンロで2時間ほど乾かした。極夜では太陽が昇らないので乾かし物をするには火で暖めるしかないのだが、いきなりこの状態だとこの先どれぐらいの燃料が必要になるのかと思いやられる。ある程度、衣類が乾いたところで朝食をとり、午後1時頃に外に出た。

 犬が私が出てきたのに気付き、氷まみれの身体をぶるぶると震わせた。まったく何のダメージも受けていないようで、いつもと同じ様子である。

氷まみれになってしまった犬と橇とテント

 南の空には、はるか下方に太陽の存在をうかがわせる程度のほんのわずかな薄明りが広がっており、それだけでかなり明るく感じる。嵐がおさまった海には小さなさざ波が立っていた。今は穏やかだが、しかしまたいつなんどき暴風が吹きはじめるかわからない。薄暗がりの中でゆらめく海を見ながら、こんな危険な場所からはさっさと離れ、テントを撤収して氷河の途中に安全なキャンプ地を見つけなければならないと私は思った。ただ、犬の毛から氷を取りのぞいてテントの撤収作業にはいったが、橇は氷まみれで、テントのスカート部分も完全に氷に覆われてしまっており、作業には時間がかかった。トウとよばれる先端を尖らせた鉄の棒で、テントと橇のまわりの氷を突き崩して落とす。さらにテントの細引きや橇に装備を固定するストラップなど紐関係も全部、定着氷と一体化しているので、それらもいちいち掘り起こさなければならない。

 ガツガツと氷を突き崩す作業をしていたときだった。あれ、と私は思わず声をあげた。おかしい、橇に固定していた天測用の六分儀が見つからない。あたりを見回したが、やはり無くなっている。まずい。まさか風に飛ばされたのか? 橇にもどって六分儀を置いていた場所を確かめると、固定していたバックルが外れてしまっていた。

 またしても私は愕然とした。昨日の深夜に外に出たときは橇の上で無事なのを確認していたので、おそらく、そのあと風速が最強になったとき、瞬間的に強烈な風圧をうけてバックルが外れたのだ。海を振りかえると、ニタニタと笑っているかのように小さな波が立っていた。あそこに呑みこまれたのだと思うと、暗然とするよりほかなかった。