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連載モテ読書

犬山 紙子
2017/11/07

ボロボロになった本はなぜ胸を締め付けるのか――犬山紙子「モテ読書」

「貸してくれた本に胸が締め付けられたから」そう語るのは最近気になる人ができたYちゃん。「好きな本を貸し借りしよう」という話になって、相手が貸してくれたのが、なんども読み込んでボロボロになっていた本で、その佇まいに「胸が締め付けられた」のだと言う。どういうことだろう?

©犬山紙子

「まずは匂い。ちょっと埃っぽいというか石油の匂いというか、その人の部屋の匂いが伝わってきて、なんか秘密を知ったような気分になるでしょ。多分その人が着ているセーターもそういう匂いがするじゃん。で、どこか折ってあったり開きグセがあったりして。『読みながら寝落ちしちゃったのかな』ってその人の寝ているところが頭に浮かんでくる。ああ、その時布団の中で冷たい裸足の足を太ももの裏であっためたのかな、とか。その人の白い太ももの裏の触感まで伝わってきて。さらには表紙がボロボロになっていたら、鞄に入れて持ち歩いたんだろうなって。きっと電車や喫茶店なんかでその本を読んでるわけでさ。通勤途中寝癖頭で読んだのかな、とか。雨の日に喫茶店に入って、結露でぼんやりした窓のそばでコーヒーを飲みながら少し読んだのかなとか。最後に本がいつ刷られたかをチェックして。例えば1997年第3刷とか書いてあったら、20年もその本と一緒にいたの、思春期もこの本とともに過ごしたのって。制服姿のあどけない顔をした彼が頭に浮かんだら、なぜか胸が締め付けられる。その本の横で初めての彼女だったり、キスだったりがあったはずじゃない。そしてそんなに長い時間大切にしてた本を私に貸してくれるんだって。そう思うとなんとも思ってなかった人が急にちょっと愛おしくなったんだよね」

 ボロボロの本全てにそう思うかといえば絶対違うはずで、本のタイトルや内容や貸してくれた人、それぞれの要素がいい具合に絡まりあってきっとそういう反応が起きているのでしょう。でも、言われてみるとボロボロの本ってのは色気を発している。ぎゅうっと抱きしめたくなってしまう。

「だから、その人には小細工をしないで私もボロボロになるまで読んだ本を貸そうと思って。それこそ本当の本当に小さい頃から読んで今も持ってる本」

 そう言ってYちゃんはボロボロの『ちいさいモモちゃん』を取り出してニヤッと笑ったのです。その本は見ただけで泣きそうにさせる力がありまして。きっとYちゃんの恋はうまく行くんだろうなあと思いながら、私の実家にもある『ちいさいモモちゃん』を抱きしめたくなったのであります。