テントは冬の極地の旅でのコンロと並ぶ最重要装備である。風で飛ばされることだけは絶対に避けなければならず、強風時のテント設営は手順を守り慎重におこなう必要がある。風雪が強まり始めたため、私は一応、橇を風上側に配置し、飛ばされないように橇からテントに細引きでバックアップをとって、ペグを突き刺して周縁のスカート部分に雪をのせた。そしてポールにテンションをかけてゆっくり立てていく。無理やり立てると風圧でポールが折れるので、意識的にゆっくりやらなければならない。

 テントを立てている間も風は急速に強まっていった。すぐに風速15メートルの嵐となり、雪が目のなかに飛びこんできた。気のせいか地吹雪の雪の量がいつもより多い気がした。テントのなかに転がりこむと、真っ先に毛皮靴やフードの毛皮のなかに入りこんだ大量の粉雪を払いおとした。だが、どんなにひどい風でもテントのなかに入りこみさえすれば安心だ。氷河のど真ん中とポジション的にはかなり風が強まる場所ではあったが、数日前の氷河基部で喰らった上から殴りつけてくるような不連続な爆裂突風ではなく、同じ方向から安定して吹きつける普通の風の吹き方をしていたので、このまま明日はのんびりテントで休養してもいいやと私は余裕をぶっこいて寝袋のなかに入りこんだ。

極夜の闇に鳴り響く金属音的爆音

 ……が、いつものように私の現状認識はあまかった。夜間、風はさらに強まり、またしても吹き飛ばされるんじゃないかという恐怖をおぼえる修羅場と化した。テントの外では轟々と地獄のような唸り声をあげて地吹雪が吹き荒れている。私は目を開き、テントのなかの宙をじっと見つめ、精神を冷徹に保とうとした。だが、それをあざ笑うかのように極夜の闇は時折ドゴーンという、近くで巨大クレーンが港湾作業をしているかのような謎の金属音的爆音を発生させて、私の心臓を凍りつかせた。

 あれはいったい何の音なのだろう?

 明らかに今、自分は、前回のブリザードで遠くに聞こえた、あの風の爆流の流芯にいるにちがいない、と思えた。バチバチと地吹雪の雪がテントにぶつかる音も聞こえてきた。ふと見上げると、ポールがひしゃげて折れそうになっているのに気づき、寝袋から手を伸ばして内側からおさえつづけた。

 次第に風の圧力が弱まり、私は気づくと寝袋のなかで眠りに落ちていたが、そのうちテントの入り口に雪が吹き溜まり、足が圧迫されてまた目覚めた。冬山登山をする人ならわかると思うが、寝ているときにテントが雪で圧迫されているのに気付くと、普通はまず寝袋に入ったままテントの壁を押したり蹴飛ばしたりして雪を突き崩そうとする。このときも私はそのように寝袋に入った状態でテントを蹴飛ばし雪を崩そうとしたが、意外と吹き溜まりの量は多いらしく、雪は重たくてびくともしなかった。

テントから強引に外に出てみると……

 正直言って、面倒くさいなぁと思った。

 外では相変わらず恐ろしげな轟音が鳴りひびき寝袋から出るのも億劫だった。外の状況が悲惨なことになればなるほど、人間は現実から逃避して何もかも面倒くさくなり、そして自分の命を守ることも面倒くさくなって、今、大丈夫だからたぶんこれからもずっと大丈夫という都合のいい判断に逃げこみたくなる。少なくとも私の場合はそういうことがよくある。かなりよくある。このときも、このままぬくぬくと眠りつづけたいし、どうせ大丈夫だからそうすべきだと一瞬判断しかけたが、ふと、昔読んだ、冬山登山中に大雪でテントをつぶされて死んだパーティーの遭難報告書を思い出し、ああいう人たちはこういうときにやっぱり面倒くせぇなと思ってぐずぐずしているうちに雪が予想以上の速さで降り積もって埋没して死んだんだろうな、と考え、一応現状確認だけしておくかと思いなおしてヘッデンをつけた。

 だが、テント内が照らされた瞬間、これはマズイかも……と思った。テントの面積が半分ぐらいになっていたのだ。そして、なぜだろう? と思った。地吹雪など、これまでの極地の旅でも嫌になるほど経験してきたが、それでもせいぜい風下側の入り口周辺に吹き溜まる程度で、テント全体を取り囲むように吹き溜まったことなど一度もなかった。ひとまず外の様子を確認するため、防寒着に身をつつみ、入り口の吹き流しを開けようとした。ところが吹き流しがすでに完全に雪に埋まっており、開くためのひもが取り出せない。これはけっこうヤバいぞと焦った。吹き溜まりが埋まってナイフでテントの生地を切り裂き、嵐のなかに放り出されて死亡というケースもある。何度も勢いをつけて全力で雪を押すうちに、徐々に圧力がゆるまっていき、ようやくひもを引っ張り出して吹き流しを開けることができた。その瞬間、どっと雪がテントのなかに入りこんできた。そして雪をおしのけ強引に外に出た瞬間、唖然とした。テントはすでに半分ぐらい埋まり、周囲は吹き溜まった大量の雪で高台になっていた。要するに埋没寸前だったのだ。