氷河を登りきったのは12月14日のことだった。村を出発してから9日目、停滞もふくめると、たかだか標高差1000メートルの氷河の登高にまるまる1週間かかったことになる。

 なかなか濃密な1週間で、3回ほど死神の横顔がちらちらと見える場面もあり、これが国内の冬山登山なら〈けっこうすごい山だった〉みたいな記事をブログに書いて、他人に自慢して、みんなに〈いいね〉を押してもらえる程度の内容はほこっていたが、しかし残念ながらこの長い旅ではまだ全行程の1割ほどを消化したにすぎなかった。

 ただ苦労はしたが、一応、旅の最大の難所のひとつと目されたセクションを無事に終えることができて、私はかなり安堵していた。それを考えると旅は順調だと言ってよかった。それにまだ満月の時期で、あと10日間は月が出ている。月の出ている明るいうちに氷床とツンドラを越えてアウンナットの無人小屋に着くのが最初の目標だが、今のところまだ間に合いそうである。

極夜では、いつも目印となるものも見えず

ようやく、氷河を登りきって氷床に辿りついた。相棒・ウヤミリックは元気いっぱい ©角幡唯介

 翌日は霧で視界が悪かったので休憩を兼ねて停滞した。夜、といってもずっと夜なので夜という言葉に意味はないのだが、一応24時間制の午後8時とか9時ぐらいになると天気が回復したため、私は外に出て犬とじゃれあって遊んだ。

 次の日から私と犬は行動を再開した。氷河を登り氷床の上に出た後のルートは大体決まっており、まず右手にある大きな別の氷河の縁を7キロほど真北に進むことから始まる。

 7キロといってもGPSがないので完全に感覚をもとにした話である。

 メーハン氷河から氷床を越えて100キロ先のアウンナットの無人小屋までは、過去に何回も往復しているのでルートの特徴はほぼ完璧に把握していた。いつもなら7キロほど進むと右の大きな氷河にクレバス帯が見えてくるので、その位置を参考にして、進行方角をそれまでの真北から北北西335度にかたむける。その角度で氷床を直進すれば、やがてちょうどいいところで氷床を下りられて、ツンドラ大地に突入するという感じである。

 ところがこのときは極夜なので目印となる右の氷河のクレバス帯が見えなかった。月が出ていれば見えるかなぁと想像していたが、実際には全然見えなかった。月が出ていると周辺の雪面がその光を反射して、足元の雪の状態がヘッデンなしでわかるほど明るくなるので、夜の闇における月光は何もかも照らし出す偉大な存在に思えるが、現実的には少し離れただけであの右の大きな氷河のクレバス帯すら見えないんだなぁと、私は意外に感じた。

 この真北から335度の方角に針路を変えるポイントを誤ると、起点を間違えることになるため、その後のナビゲーションがすべて狂ってしまう。したがってここだけは絶対的に正確を期したいところだったが、目印が見えない以上、正確もクソもあったものではなく、私は歩く速度と時間をもとにけっこう大雑把に距離を判断して針路を変えた。

©角幡唯介