その日は深夜零時に起床して朝食をとり、準備をして午前3時に出発した。

 旅を始めてからというものブリザードや大変な氷河登りで日々忙しく、胃痛や神経不安にかかるような時間的余裕は全然なかったが、不眠だけは相変わらず続き、その晩もずっと眠れなかった。起床時間になりヘッデンをつけると、テントの生地は私の鼻の穴から吐き出される吐息が結露して真っ白になっていた。それだけでなく北極で本当に寒さが厳しくなってきたときに特有の〈霜つらら〉がゆらゆらとボウフラみたいにぶら下がっている。身体を動かすといちいち顔面に落っこちてきて、冷たい思いをするむかむかする霜である。それを見つめながら、私はいよいよ寒さが本格化したのだなあと実感した。案の定、外に出て橇の温度計を見ると、氷点下32度、この旅で初めて氷点下30度を下回っていた。

太陽の昇る世界の記憶はすでに朧気だった

 月はもうかなり欠けており、月光のパワーは落ちていた。氷床の表面は風で抉れ、巨大なサスツルギが全面的かつ絶望的に広がっている。暗い中、重たい2台の橇を引きながら、進んでは休み、休んでは進みして、私と犬はサスツルギを一つ一つ乗り越えていった。

 その日は7時間半進んだところで軽い地吹雪が巻き起こり、星が見えなくなったのでやめた。星は針路をさし示す目印である。星が見えないと真っ直ぐ進むのが極端に難しくなり、針路がズレる可能性があるので、下手に前進しない方が無難である。翌日はさらに冷え込み氷点下34度となったが、寒さ対策のために自作した海豹の毛皮ズボンを穿くと下半身がポカポカ温まり、足先の冷えから解放された。この日も7時間半で行動終了した。

 12月22日、ついに冬至をすぎて極夜の折り返し地点をむかえた。極夜のなかでも最も暗い日。そしてこれから明るくなっていく日。地平線から遠く離れていた太陽がこの日を境に徐々に近づいてくるわけで、昔の探検隊は船で越冬中、闇の底から再生にむけてこれから昇ってくる太陽に希望を見つけ、冬至の日にお祝いをしたと本で読んだことがあった。

 しかし暗黒の氷床を行進中の私の意識には、いつ復活するか想像もできない太陽のことなど存在しないも同然だった。実際、極夜世界にやってきてほぼ2カ月経っており、もはや太陽の昇る通常の明るい世界がどのような世界であったのかさえ記憶は朧気になっていた。それより私の関心は月だった。さらに言えば月亡き後に到来する真の暗闇、真の極夜だった。私がこの旅で利用していた海上保安庁のサイトの〈月出没・正中時刻及び方位角・高度角計算〉表によれば、この日の月齢は22.6であり、正中時高度もわずか8度、24時間のうち10時間しか姿を見せないことになっている。満月時の正中高度は30度で、24時間フル回転で天空を回っていたことを思えば、わずか1週間で月は急速に衰えた。あと2日で月は姿を見せなくなるわけで、もはや死滅寸前、その光には燃え滓みたいな力しか残されていなかったのだ。

「ここが踏ん張りどころ」 ©角幡唯介