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新宿の巨大都営団地を舞台に人々の記憶が交錯していく『千の扉』──「作家と90分」柴崎友香(前篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2017/11/11

genre : エンタメ, 読書

note

「ポンキッキ」の最後にフジテレビの住所が出てきたので覚えていた「牛込柳町」

――実際に戸山団地周辺を歩き回ってみたんですか。

柴崎 何回か歩きましたが、通うほどは行っていないです。それこそ、この話の中の千歳じゃないですけれど、あんまり歩いていると怪しいし(笑)。

――確かに。本作の千歳は、義祖父の勝男から内密に「団地内に住んでいる高橋という男を探してほしい」と頼まれるんですよね。それで団地内の各棟のポストの名前を確認するけれど、不審者に思われないか不安がっている。作中に出てくる、団地の近所の喫茶店「カトレア」みたいなお店も実際にあるんですか。

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柴崎 結構閉まったままのお店もあって、そこから想像を膨らませました。テントとか看板の跡が残っていたりして、昔この辺が賑やかだったんだろうな、と思いますね。地下鉄ができたりして人の流れが変わったそうです。それに、実際、昔、フジテレビが近所にあったんですよね。

――あ、作中にもフジテレビの住所が昔は「牛込局区内」だったという言及がありますね。

柴崎 そうそう(笑)。「ポンキッキ」の最後にお便りの送り先が出てきたので憶えていました。「ウシゴメ」って不思議な響きだし。フジテレビがなくなって、そのまわりにあった商店街やお店がだいぶ減ってしまったらしいので、かなり変わったんじゃないかと思って。

――昔フジテレビに取材に行く時は、曙橋駅から行ったんです。ああ、曙橋と戸山って近いのか、って今回はじめて認識しました。

柴崎 そう、私は大阪から東京に来たので、最初は遊びに行くところや仕事で行くところが点で存在している感覚だったんです。でも点から点に電車で移動するうちに点がだんだん線になって、そこからまた面になって繋がっていくのが面白かったです。

 東京は広いから、だいたい自分が用事があるところしか行かないんですよね。外の人からしたら東京というと歌舞伎町や六本木のイメージが思い浮かぶかもしれないけれど(笑)、六本木とかほんと行かない。周りにも、よく行く場所は六本木、という人はいない。

 東京って、華やかな東京と、首都の機能としての東京と、ローカルとしての東京がありますよね。いろんな東京が折り重なってできている。住んでいる人でも、それぞれにとっての東京がみんな違う。そこが面白いなと思いますね。それで、こういう場所もあるよという感じで書けたらと思ったんです。

小説を書いていて思うけど、ありえなそうなことが本当だったりする(笑)

――作中で不思議だったのが、昔、団地の周辺で豹を連れた人が歩いていたっていうエピソード。

柴崎 あれは本当の話なんですよ。近くに住んでいらっしゃる方とか、昔を知っている方とか、何人かに取材させてもらったんですけれど、知っている人は知っている話みたいです。なんか、名物社長みたいな人が近くに住んでいて、変わった動物や猛獣を飼っていて、社長のお付きの人が夜中に散歩させていたって(笑)。自分で小説を書いていても思うんですけれど、ありえなそうなことが本当だったりするんですよね。

瀧井朝世さん ©平松市聖/文藝春秋

――戦時に作られたトンネルがあるという話も出てきますね。

柴崎 トンネルがあったという話も聞きました。実際、石垣や塀のところに明らかにここを埋めましたという跡がある。昔を知っている人に訊いたら、少し前まではまだいかにも入り口という感じで残っていたそうです。軍の施設があったので、地下道みたいなものがあったらしいとか。東京って他にも、どこかの地下に使われていない地下鉄のホームがある、という話なんかもありますよね。私はそういう、どこかにあるけれど、ある時しか入れない、みたいな話がすごく好きなんです。トンネルというのは象徴的に分かりやすいけれど、たとえば古い写真、古道具みたいなものも、別の時間や場所に繋いでくれるものでもありますよね。それを見たら過去のことが蘇ってきたりする。それも、どこかに行けるトンネルみたいなものなんじゃないかと思うんですよね。

――写真、時間、記憶、過去は柴崎さんの小説の重要なモチーフですよね。

柴崎 小説って時間や場所を自由に行き来できますよね。どんどん記憶を辿ったり、未来へ行ったり過去へ行ったり、場所も比較的自由に動ける。小説を書くことで、一層小説の面白さが分かってきた気がします。せっかく小説できるのだから、いろんな書き方をしてみたいですね。人の人生だったり、変化してきた世の中みたいなものを書けたらなと思います。