昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

瀧井 朝世
2017/11/11

当たり前の世界が歪む瞬間に興味がある──「作家と90分」柴崎友香(後篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

genre : エンタメ, 読書

ホラー、好きです

――柴崎さんは見える光景を写実的に書く一方で、ちょっと不思議な要素のある作品も書かれますよね。『かわうそ堀怪談見習い』(17年KADOKAWA刊)で、柴崎さん作品と怪談の親和性に気づきましたが、他にも『パノララ』や、今回の『千の扉』でも、ちょっと不思議なことが起きたりする。ホラーはお好きなんでしたっけ?

かわうそ堀怪談見習い

柴崎 友香(著)

KADOKAWA
2017年2月25日 発売

購入する

柴崎 ホラー、好きです。ホラーにも種類がありますが、血がいっぱい出るのとか、痛そうなものではなく、幽霊が出てくる話とかが好きです。やっぱり、普段はごく当たり前に、言ってしまえば油断して生きているわけじゃないですか。たとえば会社に行く道が昨日と同じところにあると思っているからこそ、普通に生活できるわけですよね。帰ったら家がないかもと思ったら落ち着いて仕事できない。でも怪談やホラーというのは、そういうのが一瞬歪むというか。当たり前だと思って見ている世界がちょっと歪んで見えると、当たり前だと思っていた世界がそうじゃないかもしれない、と感じさせてくれるんです。そこに興味があるんだと思います。

 ひとりの人間が感じている世界というのはすっきり縦横のマス目に整理できない。楽しい時間はあっという間で人を待っている時間は長く感じるように、ぐにゃぐにゃしているものなんですよね。イレギュラーなことは起きるし、不思議な出来事も起きる。でもそれを不安に思いながら生きるのは大変だから、時々不思議なことに遭遇しても「いやあれは見間違いだから」とか(笑)、自分の中でうまいこと縦横の枠に収まるように整理して生きている。本当はもっとぐにゃぐにゃしたとらえ方なんじゃないかなと思うから、その感じを小説の中でどう書くかを、いろんなやり方でやっています。

柴崎友香さん ©平松市聖/文藝春秋

違う視点を積み重ねていかないと書けない世界がある

――そういえば、『春の庭』や『わたしがいなかった街で』(12年刊/のち新潮文庫)で後半にまったく違う人物の視点が入ってきたり、『主題歌』(08年刊/のち講談社文庫)で突然違う人物の視点が1行だけ入ってきたりするのも、そういう感覚があるからですか。『千の扉』も時系列バラバラにいろんな視点が入ってきますし。

主題歌 (講談社文庫)

柴崎 友香(著)

講談社
2011年3月15日 発売

購入する

柴崎 そうですね。世界って、完全に客観的な視点でも、ひとりの人から見た視点でも、書けないんじゃないかと思っていて。ああして視点が移り替わる方が、むしろ自然なのかなと思ったりするんですよね。特に今って、SNSなんかを見ていると、会ったことのない人でもすごく知っていたりしますよね。私もtwitterで人の家の猫ばっかり見ているんですが、まったくの他人なのに、視点はその人の家の中にあるわけじゃないですか。電車に乗っている時にtwitterで見ていたその猫が死んじゃったのを知って、車内で泣いてしまったことがあって。でもそれって整理された状態で考えると、すごく変ですよね。会ったこともない、本名も知らない人、どこに住んでいるかも知らない人の家の猫が死んじゃって、電車の中でそれを見てわーっとなるなんて……。じゃあその時の私の視点ってどこにあるのかと思うんですよね。今ってそういうふうにして、自分の周りだけじゃなくて、全然関わることのない人の視点も見えてしまうことがある。知っている人でも、SNSを見ると「あっこの人意外とこういう一面があったのか」とか。それに同じ出来事でも、その場に一緒にいた人同士でも憶えていることが全然違ったりしますよね。「え、あの時そんな人おった?」とか。こっちは忘れているけれど向こうは憶えていたりとか。昔からあった状況でも、それが、可視化される。

 だから、今は固定した一点の視点だけで世界を見るというのは、逆に難しいのかなと思うんです。いろんな視点から見ている状態のほうが、今の自分たちの在り方に近いのかなって。そういう違う視点を積み重ねることで、それが成り立っている世界を書きたいんです。むしろ視点を積み重ねていかないと書けない世界みたいなものがある。そもそも『きょうのできごと』からして5人の視点の話だったので、そういう感じはずっとあるんでしょうね。