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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/11/14

アンデス山脈にはコカ茶がよく似合う――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 二十五年ぶりに、ペルーのクスコに行った。アンデス山脈の上にあるこの町はかつてインカ帝国の首都で、標高三四〇〇メートル。前回、ひどい高山病に苦しんだので、今回は用心して予防薬を飲んできたのだが、飲み方が間違っていたようで、見事に高山病になってしまった。症状は前回よりひどい気がする。

 後で知ったが、高山病は高地に着いてすぐには発症しないそうだ。私も空港に降り立ち、タクシーでゲストハウスまで行き、荷物を背負って三階の部屋まで登った。息はあがったが、大したことはなかった。ところが、時差ボケのため、二時間ほど寝てしまい、夜の七時頃目が覚めると、猛烈な貧血状態に襲われた。

 体を立てていられない。トイレも這っていかねばならず、用を足すために便座にすわっているだけでスーッと血の気が引いてくる。なにしろ三階だし、電話もないし、助けを呼ぶこともできず、ベッドに横たわるのみ。

 高山病の根本的な治療法は高度を下げることだけだが、たいていの場合は数日すると徐々に慣れてくる。でも、「数日」もこの状態を耐えるのは辛すぎる。

 翌朝、ほんの少し症状が和らいだので、手すりにつかまりながら、なんとか階下の食堂まで「下山」した。ハアハア息を喘がせながら、椅子の背にもたれてスタッフの女の子に「高山病なんだ」と訴えると、彼女はまず医療用のアルコールをもってきて、「これを手につけて顔を拭いて」と言う。やってみたら、パーッと目が覚める感じ。あくまで一時的なものだが。

ホテルの食堂で用意されている高山病応急処置セット。左端がコカの葉、中央がそれで作ったお茶、右端が医療用アルコール。

「高山病に効く食べ物は何かないの?」と訊くと、「コカ茶を飲みなさい」。

 コカ茶! すっかり忘れていた。コカの葉はインカ帝国の時代からアンデスの人々に高山病の薬やエネルギー補給薬として重宝されてきた。