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連載オカンといっしょ

オカンといっしょ #9 Light Blue(後篇)「僕はこの世界のヒールなのかもしれない」

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

「もう大丈夫なんか?」

 次の日、出勤したら、イルさんが話しかけて来た。

「はい。ただの熱中症やったみたいです」

「昨日のお前、見るからにヤバかったで。覚えてないんか?」

「どんな感じでした?」

「今にもぶっ倒れそうやったから、休んどけって言うても、頑なに作業をやめようとせえへんから、皆で休憩室に無理矢理連れて行ってん」

 病室の中で点滴されている所から記憶が再開したから、僕はその事を全く覚えていなかった。

 ミーティングの時に、何故かハブさんが居た。

 ハブさんは、USJの裏で待機している専属ドクターだった。

「ダウンしたん、今月で3人目や」

 ハブさんがミーティングでした話の内容は、こういうものだった。

 ウッディー・ウッドペッカーの着ぐるみの中に入っていたクルーが、パーク内でゲロを吐いてぶっ倒れた。もし、そんな事態に遭遇した時は、感染症の恐れがあるから近づくな。

「どんな風に倒れたんやろ?」

 デボンさんが口火を切って、イルさんがそれに続く。「めっちゃ見たかったですわ」

 ハブさんが、僕の方に近づいて来た。

「どう? 調子は?」

 ハブさんは、めっちゃ賢そうな顔してる。円周率めっちゃ長い事、言えそうな顔。

「大丈夫です」

 仕事が終わると作業着を脱いで、私服に着替える。鏡に映る自分の姿に、違和感しか覚えない。

 筋肉がついていて、まるで、首から下を誰かと交換したみたいや。

 そんな風に硬くなっていった肉体は、傷口にカサブタが出来て守ってくれているのと同じで、僕の弱い心を守ってくれているように思えた。

「何、自分に見とれとんねん」

 振り返ると、イルさんが居た。「もたもたしとったら、電車なくなるぞ」

 それを聞き、急いで帰り支度をする僕に、イルさんが言った。

「俺、もうちょいしたら、ここ辞めるねん」

「なんでですか?」

「お前はこんな所で終わるつもりか? 俺は早くこんな状態から抜け出したいねん。オッサンどもはここに最低3年はおれ! とか言うやろ?」

「それ、僕も言われました」

「聞く必要あらへんぞ。そんなにおったら、人生、終わってまうわ。やりたい事あんねやったら、それをやるべきやねん」

「やりたい事って、音楽ですか?」

「まあな」

 USJの近所にある港には、巨大な観覧車がある。窓から見えるそれを指差して、イルさんは言った。

「いつか有名になって、あれ丸ごと買うねん」

 あんなんあっても、困るだけでしょ? と、僕は思った。

「でも、観覧車って、何がオモロいんですかね? 僕、あれに乗っても、楽しみ方が分からないんですよ」

「女と乗った事あるか?」

「無いです」

「いつか乗ってみ。ほんなら、分かるわ」

 イルさんの耳には、ピアスで開けまくったであろう穴がたくさん空いていて、その穴から網戸みたいに、向こう側が見える。

「イルさんって、ガキの頃、ヒーローごっことかやりはりましたか?」

「ああ。ようやったよ。戦隊もんとかな。どの色になるかケンカしたりして。でも、俺はいつもレッドやっとったわ」

「それは羨ましいです」

「お前は?」

「僕は敵役ばっかりやらされてましたね。誰かに押し付けられたんをしゃーなしにやってる感じで。でも、やってるうちに、途中からヒーローより怪人の方が魅力的に思えて来たんですよ。そっからは、戦隊もんのテレビ見とっても、この怪人、なんで怪人になる事を選択したんかな? とか、そっちを考え出したら、ヒーローよりめっちゃ深い業を感じるようになって来たんですよ」

「お前、それ考え過ぎやろ? 作り手は多分、そこまで考えて作ってへんぞ」

「そうなんですかね? でも、なんか、あの頃やっていたヒーローごっこが、今もまだ続いてるような感じがしてて、僕、いまだにずっと、怪人やってる感覚でおるんですよ。この世界の」

「はー? 何言うてんのか、よう分からんわ」

「自分はこの世界のヒールっていう感覚がいまだにずっと残ってまして。いつの日か、現れたいいもんに、ぶっ倒されるような気がしてるんです」

「しょーもな。そんな意味分からん事、考え過ぎてる奴、初めて見たわ。なんでお前が倒されなあかんねん? 俺らがおらんかったらショーは回らんやろ? 誰も知らん所でやけど、たくさんの人を楽しませとるやんけ。こんなもん、ヒールどころかいいもんやろ?」