信じられないことに4、5日で終わると想定していた氷床越えに停滞を含めて10日もかかっていた。

 ただ、氷床を下りたはいいものの、私は相変わらず自分がどこにいるのかはよくわかっていなかった。335度の方角で進んだつもりだったが、本当に335度の方角で進めていたのかどうかは確認の方法がないため不明だった。というのも350度で進んでいようと、315度で進んでいようと氷床は越えられるからだ。正確な位置など知りようがないのだが、一応、335度で下りてこられたということを前提に今後のナビゲーションを組み立てるしかなかった。

地球上で一番暗黒空間での複雑なルート取り

 ツンドラ大地を約30キロ進むとアウンナットの無人小屋だ。通常時のルート取りは、氷床を下りたところから真北に進むと、〈ツンドラ中央高地〉と私が呼ぶ比較的標高の高い丘陵地が見えてくるので、まずはそこを目指す。〈中央高地〉の最高所に出ると、そこから西に下りる谷があるのでそれを下る。谷は次第に大きく広がり右手にゆっくりカーブを描いて無人小屋のある海岸に下っていくが、しかしこの谷は最後に滝が現れるので、海岸の手前で左手の小さな鞍部を乗り越えて支流から下らなくてはならない。というわりと複雑なものとなる。

 ツンドラ大地は地図を見ると谷や丘陵地が入り組んでおり、地形的特徴に富んでいるように見えるが、実際は非常に平坦で、たとえば地図上で川の流れが示された谷のなかに入りこんでも、どこが谷なのかさっぱりわからないほど平坦である。明るい時期でもその調子なので、月さえ沈んだ極夜の、しかも冬至の、いわば地球上で一番の暗黒空間でこの複雑なルート取りができるかといえば、それはほとんど不可能と考えられた。

 というか私は自分がどこにいるか定かでなかったので、いつも通り真北に行っていいのかどうかさえ不明だった。

偶然出くわした谷をひたすら真北に向う

 とはいえ行かなくてはならない。月はすでに沈んでおり、暦を見ると新年になって1月2日になるまでは出てこない。どっちにしてもそれまでは暗いので、どうせ暗いのならゆっくり進んで、体力の消耗を抑えながらツンドラ大地を越えることにした。

 氷床を下りて少し進むと、雪が堅く締まった道のような雪面が続いていた。ヘッデンで周囲を照らすと周りはわずかに段丘になっているようで、どうやらその道のような雪面はどこかの谷の源頭のようだった。両岸の段丘の表面は小石で覆われた地表が風によってむき出しとなり、橇を引くと難儀しそうだ。それに対して谷は歩くのには非常に快適なので、自然と私はこの谷を進んだ。谷の幅は5メートルほどで、奇遇にもしばらく真っ直ぐ北に向かっており、私の針路とも一致していて都合がよかった。

 しばらく真北に下っていくと、谷は何度か左右に屈曲して砂利の広がる浅瀬となり、周囲の段丘と見分けがつかなくなった。ヘッデンで辺りを照らしても谷がどこに流れていくのかさっぱりわからない。谷を見失うと他に地形的な手がかりは何もなくなった。地図を見てウダウダと可能性を検討したが、結局、暗くて視界もゼロで、私は自分がどこにいるのか見当もつかないまま砂利の段丘にあがり、強引に橇を引いて真北に向かわざるをえなくなった。