昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載平松洋子の「この味」

平松 洋子
2017/11/16

『ダンケルク』を観て無性に食べたくなったもの――平松洋子の「この味」

©下田昌克

 ようやく映画「ダンケルク」を観た。なにしろ監督はクリストファー・ノーランだ、きっとただごとじゃすまないぞと思いながら観に行ったら、本当にすごかった。

 第二次世界大戦中、一九四〇年の史実にもとづく映画だ。ドーバー海峡に面したフランス北部の町、ダンケルクに追い詰められたイギリス軍・フランス軍の兵士総勢四十万人。チャーチル指揮のもと、海を渡って撤退しようとするのだが、ダンケルク周辺の海は遠浅で波が高く、大型船舶が寄りつけない。そこでイギリス側は、小型軍艦、漁船、貨物船、遊覧船まで総動員して沖で待つ駆逐艦に輸送する救出作戦に出る。いっぽう、空から攻撃を仕掛けて撤退を阻むドイツ空軍……異様な緊張感が持続する映像から目が離せない。

 途中で、はっと気づいた。敵がつねに見えない。戦争をあつかう映画ではほとんどの場合、敵対する両方が視覚化されるものだが、「ダンケルク」では敵の存在が視覚化されず、映画を観ている自分がスクリーンのなかの人物の視点におのずと重なり、どんどん追い込まれてゆく。そのうえ、空、海、陸、三つの時空間が混在する流れにもしてやられ、あげくダンケルクの埠頭で自分も波しぶきを浴びて……思い出すだけで、息がハァハァしてくる。

 長々と説明したのは、「ダンケルク」を観たあと、むしょうに食べたくなったものがあったから。時間にすれば一瞬に近いシーンだったけれど、色彩も味も強烈すぎて、心身に刻みこまれてしまった。

 スクリーンで観た食べ物がやたら食べたくなることがある。伊丹十三「タンポポ」のオムライス、豊田四郎「夫婦善哉」のぜんざい、大林宣彦「異人たちとの夏」のすき焼き、崔洋一「刑務所の中」では、会話だけなのに醤油かけ麦ご飯とか正月料理とか猛烈に食べたくなって困った。

 二十歳のころ観たのに、いまだに網膜に焼きついているオソロシイ食べ物は、鈴木清順「ツィゴイネルワイゼン」のちぎりこんにゃく鍋。あの不気味さといったらなくて、原田芳雄演じる主人公、中砂の細君、着物姿の大谷直子がちゃぶ台の前に座って、えんえんこんにゃくをちぎるのです。ちぎっちゃ鍋に入れ、ちぎっちゃ入れ、あげく鉄鍋がちぎりこんにゃくのてんこ盛り。不機嫌に畳にまき散らしたりもして、意味のわからなさは天下一品、鈴木清順はすごいと舌を巻くシーンだった。「ツィゴイネルワイゼン」、ひさしぶりにまた観たい。

 さて、「ダンケルク」。

 視覚に刺さったのは、赤いジャムをどっさり塗ったパンだった。

 若いイギリス兵トミーが、命からがら埠頭に接岸した船に紛れこむと、兵士でごったがえす船内に簡便な食べ物と飲み物が用意してある。マグカップに配給されたのは、イギリスだけあって熱い紅茶。山盛りに並べたパンのスライスの表面には赤いジャムがたっぷり(ジャムの下に一瞬、バターが見えた気がする)。パンを頬張る兵士たちの味覚が同化を迫ってきた。過酷きわまりない戦況、恐怖のサバイバル、閉塞空間、緊迫感、そこへ赤いジャム。すさまじいギャップだ。甘いのに味覚がひりつく。計算ずくの色彩効果にもやられる。全編重いグレイトーンで統一されるなか、ただ一度だけ現れる食べ物の鮮烈で官能的な赤。しかし直後、船は魚雷攻撃を受け、無残にも海中に放り出されて――。

 観た翌日、赤いジャムをいつもよりたくさんパンに塗った。