昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

桜庭 一樹
2017/11/19

『ノクターナル・アニマルズ』はスリラー映画だった!――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

 がんばっても、夢が叶わなかったら、あきらめて別の道を選ぶべきだろうか? それとも、続けていればいつか叶うものだろうか……? 人生には無数の“if”がある。

 この作品は、一種のスリラー映画だ。ある日、スーザンの元に、二十年も前に離婚した元夫のエドワードから小説の原稿が届く。若いころから作家志望だった彼。それこそが、二人がうまくいかなくなった原因だった……。とっくにあきらめただろうと思っていたのに、まさか、まだ書いていたの!?

©Universal Pictures

 スーザンは原稿を読み始める。おや、自分とエドワードらしき夫婦が登場した。二人は凄惨な暴力事件に巻き込まれて……。スーザンは原稿の巧みさに引きこまれて読みながらも、次第に強い不安にとらわれていく。

 この映画を観た人たちの感想を聞くと、元夫が原稿を書いた動機についての解釈が、人によってばらばらで面白かった。わたしは、自分も小説を書くので、これは“作家の誕生”についての映画なんだ、と思った!

 物語を書くことには、“心の傷を回復させる”という効能もある。エドワードが抱え続けた傷とは? 離婚したことだ。「なぜ妻を失ったのか?」という長年の悲しみが、執筆するうち、「暴漢に襲われた妻を守れなかったから」というフィクションへと書き換えられていく。そのときのエドワードの心理が、わたしには、手に取るような生々しさで、わかった……。

 現実はけっして変えられないけれど、フィクションに昇華して、苦しみの理由を置き換えることはできるのだ。そういう一種の“執筆療法”の回路が、二十年もかけてエドワードの脳内で開いていき、ついに彼は作家になった。……夢は、叶ったのだ。というスリラーだ~! こわい!

 同名の原作小説(オースティン・ライト著、ハヤカワ・ミステリ文庫刊)も、じっとり恐ろしくてお勧めです。

INFORMATION

映画『ノクターナル・アニマルズ』
TOHOシネマズシャンテほか全国にて公開中
http://www.nocturnalanimals.jp/

ノクターナル・アニマルズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

オースティン ライト(著),吉野 美恵子(翻訳)

早川書房
2017年10月5日 発売

購入する