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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/11/20

コカは実はアマゾンの覚醒植物だった!?――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 アンデス山脈のクスコで高山病に苦しんでいる話の続き。コカの葉を噛みながら、さらなるコカの葉を求めて町を歩いた。歩くと言っても、マラリヤで熱が四十度あったときみたいに体がだるく、息が切れる。周囲の現地人はみんな、すたすた早足で行き来しているのに私だけ「一人エベレスト状態」。全く情けない。

 でもコカがあるだけマシなのだ。そうでなければホテルからも出られなかっただろう。

 コカの葉はてきとうに噛むが飲み込まないで、ほっぺたに寄せてチュウチュウとエキスだけを吸う。吸い尽くしたらペッと吐き出す。ちょっと痺れるような苦みがあるが、まずくはない。むしろ、美味いと思ってしまうのは、私がアフリカのソマリ人エリアで愛好している覚醒植物カートに味が似ているからだ(カートは新鮮な葉を噛むが)。

 摂取の方法も同様。ソマリランドの人間はせっかちなためかカートを飲み込んでしまうが、イエメン辺りでは口の中にためてエキスだけ吸う。エキスが出尽くすと、吐き出す。

 もっとも効能はちがう。カートは頭がパーッと冴え渡るような多幸感があるが、コカは自覚症状と呼べるものは感じない。高山病に効くのは確かだが、息苦しさがなくなるわけではない。むしろ、マラソンランナーやスイマーが安定して長く走る(泳ぐ)とき、息苦しさに慣れる感覚に近い。

 コカの効果が切れかけ、またもや青息吐息になった約三十分後、坂の上にある市場の隅で、カウボーイハットのようなつば広の帽子をかぶった先住民のおばさんがコカの葉を売っているのを発見。五百mlくらいのビニール袋一杯でたった一ソル(約三十三円)。安い。さっそく新しい葉を口に放り込みくちゃくちゃ噛むと、「この干からびた葉からどうして?」と疑問に思うほどにフレッシュな汁がジュワッ。まさに旱天の慈雨のごとし。みるみる心身がラクになっていく。

アマゾンの村で栽培しているコカの木

 かくしてアンデス滞在中は必要不可欠になったコカだが、高山病に慣れると、今度はコーヒー代わりである。常時ポケットに入れておき、気分転換、あるいは眠気覚ましのために、ときどきつまんでは噛む。

 しかし。コカの「本場」は実はアンデスではない。東側の斜面を下った先にあるアマゾンなのだ。コカは熱帯雨林の植物であり、インカ時代から現在に至るまで、アマゾンからアンデスへ輸出されている重要な交易品なのだ。