昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載春日太一の木曜邦画劇場

春日 太一
2017/11/21

カメラマンの創意が光る 雷蔵、雪中の大立回り!――春日太一の木曜邦画劇場

『眠狂四郎女地獄』

1968年作品(81分)/KADOKAWA/1800円(税抜)/レンタルあり

 かつて太秦(うずまさ)にあった大映京都撮影所は、スタッフたちの卓越した技術力に定評があった。カメラ、照明、美術、小道具……、そこでは、一人一人が創造的な意識をもって時代劇作りに臨み、朝も昼も夜も、春夏秋冬も、日々の日常も、画面に映る全てを隅々までこだわり抜いて意のままに作り上げていた。その姿勢はもはやアーティストであった。

 この撮影所では「座頭市」「眠狂四郎」などの人気時代劇シリーズが作り出されてきたが、どのシリーズも作品ごとにスタッフは固定されずに代わるがわる担当してきた。そして、誰もが「自分が一番」という意識があるため、「向こうがこう来たなら、こっちはこう行く」と、シリーズを追うごとに互いを高め合っていった。

 中でも「眠狂四郎」シリーズは主人公が「転びバテレンの子」という特異な設定のため、妖美な虚構性が求められる世界になっている。そのため、スタッフたちはその創造性を遺憾なく自由に発揮できた。

 今回取り上げるシリーズ第十作『眠狂四郎女地獄』も、スタッフの仕事が際立つ。

 注目したいのは、森田富士郎カメラマンだ。後に『人斬り』『新座頭市物語 折れた杖』『鬼龍院花子の生涯』などの名作を撮ることになる名手は、主演の市川雷蔵の魅力を活かそうと工夫を凝らす。

 特にそれが如実に表れているのが、大雪の降る中で雷蔵の大立回りが展開されるラストシーンだ。この場面は大映京都が誇る四百坪のスタジオに長い土塀のセットが作られ、天井からカポック(撮影用の発泡スチロール)で作られた人工の雪を装置スタッフが大量に降らせている。

 この時、森田は雷蔵の頭の上には絶対に雪を降らせないようにスタッフに指示した。カポックの雪は溶けない。そのため、それが頭に降ると、鬘に乗ったまま白くひっついてしまう。それでは、狂四郎の超然とした雰囲気、ひいては雷蔵の端正な美しさが台無しになると森田は考えたのだ。

 そこで、雷蔵の前と後ろだけに雪を降らせることになる。森田は引いた画(え)を多くすることでカメラと雷蔵の間に空間を広く作らせて、その空間に雪を重層的に降らせることができるようにした。そして、一部にしか雪が降っていないことを観客に悟られないようにするため、スモークをスタジオに充満させることで空間の映り方をボヤかせ、雪の降り具合に隙間があるのを消す。

 その結果、雷蔵をただ美しいだけでなく、最後に雪の中へ消えていくラストまで、そのシルエットを幽玄に映し出すことに成功している。

 豊かな芸術を成すためには、技術の閃きが重要なのだと改めて思い知る撮影である。