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連載平松洋子の「この味」

平松 洋子
2017/11/23

冬の煮卵は無限。煮汁が残ったら煮卵を作ろう――平松洋子の「この味」

©下田昌克

 冷えこんでくると、決まって「来たな」と思う。

 やって来たのは肉豆腐の季節だ。

 牛肉の切り落とし。豆腐。ねぎ。だしをきかせた甘辛い煮汁でことこと煮るだけ。あったかくなるし、簡単だし、熱燗にぴったりだし、つくり置きができるところもホント最高だ。寒い夜、首をすくめて家に戻る途中「肉豆腐が待っている」と思うだけで、ものすごく安心する。

 昨日よりぐんと豆腐に味が染みているだろうなあ。

 ねぎもとろとろに甘いだろうなあ。

 想像しただけでうれしく、ふるふるの豆腐が口のなかに滑りこむ瞬間など思い描くと、足取りも急に速くなる。帰ったら、鍋を火にかけるだけでいいんだもんなあ。牛肉の切り落としがものすごく贅沢に感じられ、うれしさ右肩上がり。こっくりとあめ色に染まった豆腐に七味唐辛子をちょちょっと振りかけて……たまらない。もちろん、つくりたてもうまい。

 冬は、煮込んで染みた味が五臓六腑に沁みわたる。

 そこにあるだけで安心するありがたいものに、どんなに助けられているだろうかと思う。

 たとえば煮卵。一年中つくってはいるけれど、寒い季節になると、登場回数がいっそう増えている気がする。

 煮卵のつくり方は、超シンプルなのに、ひとそれぞれの流儀と好みがあるところがなかなか奥が深い。

 ゆで方ひとつとっても、固ゆで派、半熟派、ひと言で半熟といっても、黄身の柔らかさに一家言ある方もおられよう。『世界一美味しい煮卵の作り方』(光文社新書)によれば、まず沸騰した湯で「中火で6分茹でる」とあり、黄身をとろとろに仕上げる半熟仕様。かなり短いゆで時間の設定だ。いっぽう、私の場合は黄身がもふもふした固ゆで卵が好きなので、十分以上ゆでる。

 沸騰した鍋の前に立ち、「めんどくさいなー」と思いながら菜箸で卵をころころ転がすのは、けっして好きではないけれど、サボるとあとで痛い目に遭うから我慢しておこなう。とはいえ、沸騰してから一〜二分間の辛抱だけれど。とりわけ煮卵の場合、黄身が偏っていると万事よろしくない。囓りついたとき、黄身が一方向だけに貼りついているのがわかったときの悲しさよ。少しばかりの手間を惜しんだ事実が白日の下に晒されるのもくやしくて、半分諦めた気分で毎度ころころやっている(殻をむいたあと、しばらく水に浸しておくと卵臭さがとれるので、この儀式もかならず)。

 さて、ただのゆで卵が煮卵に変身する第二段階だ。これも人それぞれ、スーパーな技があると思う。オーソドックスなところでは、めんつゆに漬ける、煮切った醤油やみりん、酒の汁に漬ける、など。いっとき私がハマッていたのはウスターソースに漬ける方法で、ジップロックにゆで卵を入れ、そこにウスターソースをじゃぶじゃぶかけて一日置くというもの。この手を使うと、瓶の中身もきれいに始末できるのでけっこう気に入っている。ゆで卵とウスターソース、かなり合います。

 冬に煮卵が多くなる理由は、煮物が多くなるから。こんにゃくを煮たり、根野菜を煮たり、大根と厚揚げを煮たりすると、この煮汁で煮卵をつくりたい!衝動に駆られる。残った煮汁を小鍋に移し、ゆで卵を入れて少し煮てそのまま置く。そのときどき味が変わるのが楽しく、もちろん肉豆腐のときだって。

 冬の煮卵は無限だなと思う。