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宇多丸×真魚八重子 ヤンキー文化圏の「深みのない犯罪」はシュールで場違いすぎて恐ろしい

オススメの「実録犯罪映画」対談#3

2017/12/03
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「30歳までに何かデカイことをやる」と言っているのがイタイ

宇多丸 で、そうした薄っぺらさの極みとして連想するのが高橋伴明監督の『TATTOO[刺青]あり』(1982年)です。1979年に起きた「三菱銀行人質事件」の犯人・梅川昭美に材を取った作品です。

真魚 これぞ、まさにヤンキー文化圏の殺人鬼! このしょぼいチンピラの主人公は、自己評価ばかり高くて「もっと俺は金を稼げるはずだ」「もっといい仕事につけるはず」とか思っているんですけど、大して努力もしないから、そりゃうだつも上がらないという。

宇多丸 30歳までに何かデカイことをやる、とか言っているのがイタイんですよね(苦笑)。この自分への過大な評価というのは、まあ働かずフラフラしてるような奴は大抵持っているものでもあるんですが、時にそれが危険なものになり得るということがよくわかる映画です。

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真魚 その発露が、大量殺人とかに向いてしまったわけですものね。

宇多丸 そうそう、「秋葉原通り魔事件」をモチーフにした、大森立嗣監督の『ぼっちゃん』(2012年)という作品がありましたが、あの作品と『TATTOOあり』には、事件自体の描写は省略しているという共通点があります。それを不満だという意見もあるみたいですが、僕はむしろ、その部分を描かないところに好感を持つんですよね。確かにモデルとなった犯人は、日本犯罪史に残る事件を起こしたわけですが、そのくだらなさをきちんと描くことで、必要以上に神格化しないところがいい。

「梅川昭美=宇崎竜童」は俺だった?

真魚 確かに、ひたすらしょうもないですよね。いろいろ言っているけど、『TATTOOあり』の主人公は結局ヒモですし。

宇多丸 演じるのが宇崎竜童だから、それなりにチャーミングだったりして、ヒロインの関根恵子も甘やかすわけですよ。甘やかして、甘やかして、甘やかした挙句、こいつはもうダメだとなって、他の男に乗り換えちゃう。で、この新しい男のモデルになったのが、山口組の田岡一雄組長を狙撃して惨殺された鳴海清。そいつのことを新聞で読んで、主人公は「負けてらんねぇ」となって事件を起こす。もう完全にアホの連鎖状態。

 でも、この映画を見て、他人事とは思えなくてアタタタタ……となったことも告白しておきます。主人公の部屋にはライフルと『月刊Gun』(国際出版)という銃専門誌が並んでいるんですけど、これがまあ、ガンマニアである僕の当時の部屋(実家)にそっくりで(苦笑)。もちろん僕の持っていたのはモデルガンで、実物ではありませんけど。しかも思い返してみれば、高校時代に集団デートをした時に、女の子に向かって「君はナメた口きいてるけど、僕みたいな男は30歳超えてからがヤバイんだよ」とか言ってたんですよね……。

真魚 うわっ!(笑)

宇多丸「先物買いしておいた方がいいんじゃないかい」とか言っちゃったりして……。だから映画を見て、この主人公と俺、レベル変わんなくないか?  結構ギリまで大差なかったぞ、と思って赤面しました。しかも、『ソドムの市』を引用したりするじゃないですか。ああいう生半可な知恵だけつけているところとか、もう当時の自分を見ているようで辛かった!

真魚 この作品も、宇多丸さんにとって「指差し映画」だったわけですね(笑)。

宇多丸 まさに。中途半端に物知っててプライドが高い男は、皆この映画を見るように! お前らはこういうくだらない人間になりかけてるんだぞ、危ないぞと、ちゃんと学んでいただきたいですね。