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連載松尾諭「拾われた男」

松尾 諭
2017/11/26

松尾諭「拾われた男」 #9 「癒し系女優を後ろに乗せて、原宿で事故った日」

 大学時代はとある全国紙の大阪本社でバイトをしていた。新聞社と言っても配達ではなくて、本社社屋内の整理部FAXセンターという部署に勤めていた。社員さんから頼まれた書類を地方支局にFAXする、もしくは送られて来たFAXを宛先の部署に持っていく、仕事の内容は概ねそれだけだった。勤務中はとにかく暇で、お菓子を食べつつ漫画を読み漁り、気の向くままに煙草を吸い、長めの休憩時間には大浴場でひとっ風呂浴びて、仮眠室で小一時間ほど眠る。待遇もよく、食事付き、交通費給付、さらに帰りはタクシーチケットまでもらえた。毎日のようにタクシーに乗り、馴染みになった運ちゃんに「お互い楽な仕事ですねぇ」なんて言うと、一緒にするなと怒られた。

テレビ朝日系『相棒』出演時の松尾諭さん(左は神保悟志さん)

「仕事が決まったよ」

 作業現場の粉塵と睡眠不足によりお肌の調子も悪くなり、役者としてこれでいいのかと思いつつも借金返済のためのバイト三昧が故に事務所のレッスンも遅刻やズル休みを繰り返していた上京3年目。同じ事務所の先輩女優がどんどん売れて、CMや雑誌でもよく見るようになったものの、会ったこともないのでほとんど人ごとのように感じていたある日、社長から珍しく電話がかかってきた。社長から直々に仕事が決まったなんて言われることはまず考えられないので、恐らく事務所のレッスンをサボったり遅刻を繰り返している事へのお叱りのお電話だと思い、躊躇したが、無視をする訳にもいかないので、うやうやしく電話に出ると、彼女は含みをもたせてこう言った。

「仕事が決まったよ」

 話を聞くために事務所に行くと、もったいぶってなかなか内容を教えてはくれなかった。だが、お得意の悪戯っぽい笑顔をニヤニヤと浮かべて「事務所の命運のかかった仕事」と言う社長を見ると、役者としての仕事ではないのだなと直感した。

 彼女は、その仕事には簡単な審査があると言い、呼ばれればいつでもどこへでも行けるか、バイトはいつでも休めるか、体力には自信があるか、運転免許は持っているかを問うてきた。それらに関しては全く問題なかったので、そう応えると、「合格」と言われた。