アウンナットの無人小屋に到着したのは年が明けて1月1日だった。村から2週間で到着すると思っていたが、実際には27日もかかってしまった。

 小屋に到着してまずおこなったのは、白熊に破壊されたデポ地を確認しにいくことだった。

 アウンナットには新旧二つの無人小屋がある。新しい小屋は入口扉ががっちりしており石油ストーブもあって、今もシオラパルクやカナックの村人が白熊狩りをするときなどに時々、使用する。一方、古い小屋のほうは入口に合板が釘打ちされただけで中は何もなくガランとしている。

新しい小屋ではなく古い小屋にデポした理由 

 2015年に私がカヤックで来たときに物資をデポしたのは、古いほうの小屋だった。

2015年にカヤックで物資のデポに向かう ©角幡唯介

 なぜ古い小屋に置いたかというと、その前年に20キロ入りドッグフード1袋を新しい小屋のほうにデポし、それがカナックの猟師に無断で持ち去られるという悲しい出来事があったからである。

 時系列を整理すると、2014年2月から4月、私ははじめてグリーンランドに来て犬と一緒に氷床からイヌアフィシュアク、アウンナット一帯を40日間かけて偵察旅行した。すでに極夜が明けて太陽は昇っていたものの、寒さ的には厳冬期の一番厳しい季節で、しかも犬に橇引きの経験がなかったことなどから中々苦労する旅となった。それでも途中のセプテンバー湖で麝香牛1頭をライフルで仕留めることに成功して以降はドッグフードに余裕が出て、アウンナットに到着したときに新しい小屋に〈極夜探検用デポ 使用厳禁 角幡唯介〉といった文言を英語で記して極夜本番用としてデポしておいた。

 ところが翌2015年春、ふたたび犬と橇を引いてデポをはこぶ途中の氷床上で、白熊狩りに出ていたシオラパルクの大島育雄さんとばったり出会い、私が前年にデポしたドッグフードがまるまる1袋盗まれてしまっていたことを知らされた。1袋とはいえ重量は20キロ、しかも厳冬期に苦労して人力で運んだものだっただけに、この報告を聞いて私は激しく落胆した。

 大島さんによると、前年、私が帰国した後にカナックの若い連中が白熊狩りに出かけたので、その連中が持っていったのだろうとのことだった。その後、実際に小屋に行き確認してみると、ドッグフード以外にも弾丸などが持ち出されていた。もちろん私は部外の外国人で、所詮は地元の人の小屋を利用させてもらっている身分にすぎない。しかもイヌイットの狩猟文化に敬意をはらう自称多文化主義者で、そんな感じの文章を書いていることもあって常々地元の人たちとは友好的な関係を築きあげたいものだと考えるリベラルな思考の持ち主なわけだが、それでもこのときはカナックの連中にたいして、クソったれが、白熊に食われてくたばりやがれと呪詛の気持ちを抱いた。

 そのようなことがあったので、私は、小屋に物資をデポする際に一番注意しなければならないのは野生動物による襲撃ではなく、人間による無断持ち出しだとの印象をつよくもった。それで翌年夏に山口君とカヤックで物資をはこんだときは、新しい小屋ではなく古い小屋にデポしたわけである。地元民はもうほとんど古い小屋を使わない。扉は合板の板を釘打ちしているだけだったが、バターや海豹脂漬けドッグフードなど地元民のデポが無傷のまま残されているところを見ると、小屋のなかにいれておけば野生動物に襲われる心配はないように思えた。