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箱根の老舗旅館 “いがみあい”の結末は?――究極の徹夜本!

2017/11/24
note

世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。

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『箱根山』(獅子文六 著)

 品のいい笑いと起伏に富んだ展開の妙、それに付け加えるなら明日を信じる気持ち。獅子文六の傑作『箱根山』はそんな成分から出来ている。

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 かつて箱根山の観光開発を巡って西武と東急という二大資本が争ったことがあった。箱根の山は天下の嶮というが本当は喧嘩のケンではないか、と獅子は考えたのだろう。箱根の温泉地・芦刈(作中では足刈)を舞台に、二つの老舗旅館のいがみあいの物語を書くことを思いついた。

 玉屋と若松屋は、先祖を同じくする間柄だが、足刈一の名にどちらがふさわしいか、互いに譲らず争い続けている。しかも旧い湯治場であった箱根を近代的なリゾート地に生まれ変わらせようとする新興勢力も入り込んできていて、両家ともに気が抜けない。

 そんな中、若い人々は旧い世代の対立とは無縁だった。有能で人柄もよい勝又乙夫は、若番頭として玉屋を支える立場だ。彼はドイツ人水兵と使用人の間に生まれた子供で、天涯孤独の自分を育ててくれた玉屋に絶対の忠誠を誓っている。そんな彼と、若松屋の長女・明日子の間に思いがけない縁ができた。英語と物理の成績が悪い明日子が、乙夫に家庭教師をこっそり頼んだからだ。二人の間にはやがて、強い信頼感が芽生えていく。

 開発業者たちの思惑が絡み合い、玉屋と若松屋の人々は翻弄される。反目し合っているものの、彼らには戦後のせちがらさとは無縁という共通点があるのだ。先の読めなさが獅子作品の魅力だが、人間関係がもつれて行き詰まったかと思える箇所で、物語には明るい光が射す。目を射る鋭いものではなく、朝日のように暖かい光である。それが読者に、希望と活力を与えてくれるだろう。(恋)

箱根山 (ちくま文庫)

獅子 文六(著)

筑摩書房
2017年9月6日 発売

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