昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載近田春夫の考えるヒット

近田 春夫
2017/11/29

寺嶋由芙の「90年代前半jpop」っぽさは、どれほどなのか――近田春夫の考えるヒット

絵=安斎肇

『知らない誰かに抱かれてもいい』(寺嶋由芙)/『シンガロン・シンガソン』(私立恵比寿中学)

「90年代前半のjpopを彷彿させる」の触れ込みで只今売り出し中なのが、寺嶋由芙の歌う『知らない誰かに抱かれてもいい』である。

 一体その時代の我が商業音楽業界において、どういった傾向が顕著であったか、あらためて確認をするにも良い機会かと思い、取り寄せてもらうことにした。

 というのもこの私、90年代前半はと申せば、自身の音楽的な実験(ま、ヒップホップ的構造の可能性についてだね)に結構夢中になっていた時期にも当たる。したがいまして申し訳ない。自分以外の人がどんな音を作っていたのかに興味がいっていなかった。あんまりよく知らないのだ。

 一方、社会日常のこととなれば、今でもまぶたを閉じれば景色/様子が即、目に浮かんでくる。“バブル崩壊”とかなんとか叫ばれつつも、実質的生活にそれほど影響などは出ておらず、ライブをよくやった港区や渋谷区周辺の盛り場にも、十二分に活気はあった。クラブシーンなどなど、あの頃はまだまだ決して寂しくなってはいなかった。

知らない誰かに抱かれてもいい/寺嶋由芙(テイチク)「古き良き時代から来た、まじめなアイドル」がキャッチフレーズの早大卒アイドル。

 追憶はさておき『知らない誰かに抱かれてもいい』に於ける“90年代前半jpop”らしさであるが、最初になるほどと思ったのが、そのまさにタイトルのつけ方なのであった。

 ここで目立つ特徴といえば、いい回しの“あけすけ”な点であろう。そういえば80年代までの流行歌では、性愛的な表現はもう少しオブラートに包まれたカタチで――タイトルなどにも――用いられていたかも知れない。そしておそらく、90年代アタマには、そうしたフリーな関係こそを“新しい愛のカタチ”ととらえて支持表明、行動に移す女性の台頭は実際にもあっただろう。彼女らは、世間からも“飛んでる”とかいってもてはやされていたような……。あれっ? もうその頃ってエイズが流行ってきてて、そんな悠長なこといってられなくなってたんだっけか?

 ウーム。段々記憶があやしくなってきたゾ。何にせよこのタイトルのような意味で挑発的というのは、きっと見る人が見れば、それこそ90年代前半のjpopの態度なんだろうネ、というところで……。

 肝心のサウンド(こそが売りと資料にもあった)だが、こちらに関してはどんな部分に時代性が宿っているのか?

 一聴して思ったのは、私のような当時のjpopに対する知識/思い出の乏しい者にとっては、コード進行然り旋律然り――この手のものは80年代にもあったよ――今楽曲のサウンドの何が具体的にそう実感させるのか? よくわからないものなのかもしれないということである。

 ただ、この曲にある、かつての“ニューミュージック的なもの”の残り香や、歌謡曲職業作家風予定調和を誇る作編曲でのバランスの施し方に、今日の耳がある種懐かしさを覚えることはたしかである。

シンガロン・シンガソン/私立恵比寿中学(ソニー)人気上昇中のMrs. GREEN APPLEの大森元貴による楽曲提供がアピールポイント。

 私立恵比寿中学。

 5分近い長尺に、目一杯音も歌詞も詰め込むだけ詰め込んだ! そのパワーや凄し。

今週の本音「送られてきた週刊文春(11/23号)をパラパラ読んでいたらさ、小林信彦さんが久しぶりに復活して『闘病記』を書いているじゃん。嬉しかったよ。オレの文章について最初に目をかけてくれた人だったしね。こみ上げてきたね」と近田春夫氏。「ひとつ疑問があって、冒頭に出てくる〈のちに、事故で死にそこなった芸人〉って誰なんだろ」