周囲の丘のシルエットが月光にぼんやりと浮かびあがっていた。地形と地図を照合し、何度もコンパスと海岸線の方向を確かめるうちに、ようやく事態が呑みこめてきた。どうやら私はあれだけ迷いこまないように注意していた真の半島の手前のごにょごにょとした〈半島もどき〉のところにまんまと入りこんでしまっていたのだ。これだけ月が明るいとどんな間抜けでも迷いこむはずがないと確信していたが、それはまったくの錯覚だった。

 おおまかな位置が推定できたので、そこからコンパスを切って再び真の半島の先端を目指した。真の半島と〈半島もどき〉の間の湾の海氷はひどい乱氷帯になっており、割れた氷の間に軟雪が吹きだまっているばかりか、至るところで海氷が潮の圧力でもりあがり氷丘や氷脈をかたちづくっていた。そのせいで橇がクソ重かった。必死で動くうちに暑くて汗が噴き出し、それが防風服の内側で結露する。後ろからは犬の荒い息遣いが聞こえてきた。犬も必死だった。

 暗闇の氷丘、氷脈を上下左右に彷徨ううちに方向感覚は失われ、わけが分からなくなり、私は何度か氷丘にのぼって正しいルートを探した。そのうち前方に大きな雪山が見えてきた。雪山は月光に照らされぼわーっと亡霊みたいに浮かびあがっており、方角的にはちょうど目指す半島のほうに見えた。私はその山を真の半島の一部だと判断し、そっちのほうに前進した。

 進むうちにだんだん雪山は巨大になってきた。そのうち異様にデカくなり、どう考えてもおかしいぐらいにデカくなった。

 いやいやデカすぎるでしょ、と私は思った。あまりにデカくて笑えてきた。北アルプスみたいだった。それに随分遠くにあるようにも見えた。こんなにデカい山は半島近辺には存在しない。もしかしたら私はとっくにイヌアフィシュアクの半島を通り過ぎてその先の大きな岬の近くまで来てしまっているのだろうか……。

 混乱の極みに達して、何が何だかもはやわからないが、とにかくコンパス通りに前進するしかなかった。ところがそこから少し歩くと、かなり遠くにあるように見えた例のデカすぎる雪山が急に目の前にあることがわかり、気付くと足元も砂利の地面にかわっており、知らず知らずのうちに雪山の麓の陸地の上に乗りあがっていることに気づいた。よく見ると雪山は全然小さくて、高さ20メートルの岩でできた単なる丘だった。ついさっきまで巨大に見えたのは闇と月光が作りだすホログラムのような錯覚だった。

一刻も早く食料を確保して安心したい

 その丘を回りこんでみると小さな島が現れて、どうやらそこがイヌアフィシュアクの半島の西側にあたることがわかってきた。岸沿いを忠実になぞるように歩くと、海岸線は地図通りの方角にのびており、ようやく半島の正しい位置を確定することができた。

 出発から10時間以上行動し、ついに私はデポを置いた小屋のある小さな湾に到着した。私も犬もかなり疲労していたが、一刻も早くデポが無事かどうか確認したいという思いを抑えられない。なんだかんだ言ってもう1月9日、村を出発して35日目となっており、私は村から持ちはこんだ食料やドッグフードの残存量に不安を感じはじめていたのだ。とりあえず小屋にあるデポの無事を確認して、1カ月分の食料を確保して安心したい。

 用心のためにライフルだけ担ぎ、橇をその場に置きっぱなしにして、海岸沿いに発達した乱氷を乗り越え陸地にあがった。すぐに見慣れた光景がひろがった。昔の村人がつかっていた古い橇の残骸が雪に埋もれており、定着氷からその橇のあるスロープ状の斜面をのぼると雪をかぶった小屋の屋根が見えてきた。速足でまっすぐ入口にむかった。

 小屋の目の前に来た。一見したところ動物に襲撃された様子は見受けられなかった。

 すぐに扉のほうをのぞいた。小屋の入口はトンネル状になっている。その奥に小さな扉があって、私はデポをはこんだときにその扉を細引きやロープで固定していたのだが、そのロープ類も変化がなく、扉は私がデポした当時と何も変わらない状態で完璧に閉まっていた。

「よっしゃ、よっしゃ」

 私は心底、安心してつぶやいた。とりあえずこれで1カ月分の食料は確保できた。まあ、あまり考えられることではないが、仮に英国隊のデポが無くなっているとしても、村に生きてもどれるだけの食料はこれで手に入ったのだ、とそう思った。

 デポはもう無事であることは分かったので取り出すのは明日でいいけど、一応、中の様子だけ見ておくかという軽い気持ちでロープをほどいて扉を開けた。