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西所 正道
2017/11/24

新3K職場を支えるフィリピン人 #3 介護編 

――50年後の「ずばり東京」

 少子高齢化の波に晒されている日本で、労働力としてのフィリピン人に注目が集まっている。その代表格が「家事サポート」「看護」「介護」。奇しくも3職種とも頭文字が「K」だが、いずれも巷では3K(きつい、汚い、給料が安い)などと敬遠されることが多い。しかし母国を離れ、東京という大都会でこれらの仕事に打ち込むフィリピン人たちは少なくない。

 彼らは何を想い、働いているのだろう。それぞれの現場を歩いた。

新3K職場を支えるフィリピン人 #2 看護編から続く)

出典:『文藝春秋』2017年11月号

欠かせない戦力

 看護師以上に人手が足りないと言われているのが介護職である。団塊の世代が一気に後期高齢者入りをする2025年に介護職が100万人不足するという推計もある。

 メイドと看護師をお家芸とするフィリピン人だが、実は今、介護現場でも大きな戦力となりつつある。

 JR亀戸駅から錦糸町駅にかけたエリアを取り囲む江東区・墨田区には在日フィリピン人が数多く暮らしている。繁華街にはフィリピン料理店やフィリピンパブが軒を連ねる。

 亀戸駅から東武亀戸線で2駅目、東あずま駅で降りて歩くこと3分。特別養護老人ホーム「たちばなホーム」の建物が見えてきた。

 ここの利用者は約60人。うち約9割が認知症を患っている。中に入ると、勤務している職員の名前が記されたホワイトボードがどのフロアにもあった。いずれのホワイトボードにもカタカナの名前が見える。ここでは、40人のスタッフのうち7人がフィリピン人なのだという。

 たちばなホームでフィリピン人が働くようになったのは05年。「こんな状況になるなんて想像できなかった」(羽生隆司施設長)というほど、フィリピン人たちは欠かせない戦力となっている。

 9月のある日。施設では、勤続7年目を迎える大石テレサさん(47)が働いていた。

「調子はドウデスカ?」

 大石さんはある利用者の女性の手を取って笑顔で話しかける。女性は「ありがとう」と言いながらテレサさんの手をぽんぽんと叩いている。

「介護」のテレサさん ©文藝春秋

 94年に来日したテレサさんは、当初、在日本某国大使館のメイドとして働いていた。その後偶然乗ったタクシーの日本人運転手と意気投合し、結婚。一人娘も授かった。結婚後は、江東区森下の印刷会社、都営新宿線住吉駅近くのどら焼き店など様々な職を転々としていた。

 墨田区に引っ越してきた10年頃。偶然たちばなホームのスタッフ募集の広告を目にする。介護は未経験だから不安だったが、応募すると採用された。テレサさんは言う。

「この仕事をしていると心が安定します。なぜかなぁ。私と入居者さんは家族みたいな関係なんですよ。娘が小学生の頃、ここによく連れて来ていた。利用者さんたちにカルタや羽子板遊びをしてもらっていたの。

 私の両親はもう亡くなってしまった。私は日本にいたから、両親の介護ができなくて。だから利用者さんを両親みたいに思えるのかな」

 3年前、夫に先立たれた。利用者が「家族」のように接してくれるこの施設では寂しさも少しは紛れる。