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<精神科医が語る座間9遺体事件♯1>「死にたい」と言うヤツに限って死なないというのは迷信だ

若者の自殺に詳しい松本俊彦さんに聞く

2017/11/23
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──たとえば自傷行為を何度も繰り返す人がいますね。しかし、致命的な傷まではつけない。それが、社会や世間の目からは「かまってちゃん」のように映るということもあるのではないでしょうか。

松本 それについても誤解があるので言っておくと、自傷行為を繰り返す若者の96%は一人ぼっちの状態で行為に及び、しかもそれを誰にも言っていないんです。よく知られているのはリストカットで、私の調査では10代の1割に自傷経験があり、そのうちの約6割は10回以上繰り返しているという結果が出ています。

 彼らは死にたいと思って自傷行為に及んでいるわけではなく、死にたいくらい辛い今をなんとか生き延びるために体の痛みで心の痛みを紛らわせている。脳内麻薬が出て気持ちがスッと楽になったりするので、「生きるためにリストカットしている」と彼らは言います。しかし、だんだんその鎮痛効果が弱まってきて、効果を維持するために自傷行為がエスカレートし、つい服で隠れない場所を切ってしまったり、うっかり深く切りすぎてしまったりして周囲に気づかれるというパターンが多い。ですから自殺と自傷は本質的に異なるのですが、長期的にみて自傷経験者の自殺死亡リスクは非経験者に比べて圧倒的に高いですね。

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──どれくらい一般の人と違うのですか。

松本 これについてはいくつもの研究があり、自殺によって死亡する確率は低いものでも18倍、高いものとなると400倍から700倍という数字が報告されています。

「死にたい」とは、この辛さが少しでもやわらぐのならば本当は生きたいという意味

──これは容疑者の供述として報道されていることですが、被害者たちは「死にたい」とSNSで発信していた。しかし、実際には本当に死にたいと思っている人はいなかった、話を聞いてほしいと言っていたということです。

松本 よく「死にたいというのは生きたいという意味なんだ」なんて言う人がいますが、これも短絡的すぎて誤解を招く。やはり「死にたい」と言う人はものすごく辛いんです。僕は、「死にたい」と誰かに告げることは「死にたいくらい辛い」ということであり、もしもこの辛さを少しでもやわらげることができるのならば「本当は生きたい」という意味なのだと考えています。

 自殺者の心理は両価的です。「助かりたい」という気持ちと「助かりたくない」という気持ちの間で常に揺れ動いている。だから、親しい人に自殺予告をしたり、Twitterに「〇〇駅で急行待ち」といった書き込みをしたりする人もいる。

遺書を書いた後にボディシャンプーを補充するなど自殺者の行動は矛盾に満ちている

──理屈で割り切れるものではないと。

松本 自殺者の行動は矛盾に満ちているものなんです。先ほどお話しした自殺した方の遺族への聞き取り調査では、残されたメールやSNSなども検証しました。

 たとえば、一人暮らしの方が遺書を書いた後に、空になったボディーシャンプーを買い足しに行ってお風呂場で補充していたり、かかりつけの先生のところで持病の糖尿病の薬をもらったりしていたこともありました。それからある神経難病を抱えている方が、自宅で首を吊って自殺してしまったのですが、ご遺族にネットの履歴を見せてもらったら、直前までネットを見ていたことがわかりました。その方は、神経難病の自助グループサイトと、自殺系の指南サイトを自殺直前まで交互に見ていたんです。

 ということはやっぱり最後まで、ギリギリまで揺れ続けているということなんだと思います。自殺名所になっている都内の大きな橋から飛び降りた人も、最後ギリギリまで携帯電話を見ていました。

 もちろん、僕が研究や臨床で出会ってきた自殺による死は、世の中で発生している自殺のごく一部にすぎません。だから一般化には注意しなくてはいけませんが、ただ、自殺に関する研究をある時期専門的に取り組んできた精神科医としては、自殺について知れば知るほど、人は死の直前まで迷ってるものなんだなと思うんですね。

9人の遺体が発見された座間市のアパートを遠巻きに見守る人たち ©時事通信社

♯2 「『自分を大切に』命の尊さを説く道徳教育は自殺予防になるどころか有害だ
♯3 「自立とは依存しないことではなく、依存先を増やすことだ」に続く

松本俊彦(まつもと・としひこ)

国立研究開発法人 国立精神・神経医療センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長。1993年佐賀医科大学医学部卒業後、国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部付属病院精神科、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 司法精神医学研究室長、同自殺予防総合対策センター副センター長を経て2015年より現職。日本アルコール・アディクション学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

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