文春オンライン

リヤカーでサンドイッチを売っていたパン職人の壮大な夢

各駅停車パンの旅 目黒編

2017/11/25

genre : ライフ, グルメ

note

 神岡修シェフのことを知ったのは2012年のことだ。彼は中野駅前のガード下で、人波に向かって「サンドイッチいかがですかー」と叫んでいた。1月の寒い朝。かたわらにサンドイッチの積まれたリヤカー。

 早足で歩み去っていく通勤客のうちからひとりまたひとりと列をなし、サンドイッチはみるみる売れていく。神岡さんは寝ずにサンドイッチを作って寒い街頭に立ち、それでも笑顔を崩さない。丸顔とメガネ、関西弁があいまって、昔の芸人さんのような雰囲気。

「お久しぶりです!」

ADVERTISEMENT

 声をかけられた常連客からも思わず笑みがこぼれる。慌ただしい朝の、たった数秒のコミュニケーション。パンと笑顔で彼は寒い朝の通勤をあたためている。

2012年1月、中野駅頭でサンドイッチを売る神岡修シェフ

「最初はあやしげやったみたいですけど(笑)」

 なぜ神岡さんは真冬の駅頭に立ったのか?

「友だちのカフェの厨房を借りて夜中にパンを作って売ってたんですけど、お客さまはなかなかいらっしゃらず(笑)、なんかふわーっと、リヤカーを引いて中野駅で売りはじめたんですよね(笑)。最初はあやしげやったみたいですけど(笑)、2回目、3回目と買ううちに、リピーターになってくれる人がいたり」

 とはいえ、私も神岡さんの横で真冬の寒さに震えながら立っていたが、楽な仕事ではない。

「くじけそうになりましたけど、いつも来てくれる常連の人がいるので、それでつづけられました」

 誰も振り向かないときでも売り声をあげつづける。向こうから歩いてくる人がリヤカーのサンドイッチに目をやったのを見て、「いらっしゃいませー」と声をかけるが、そのまま素通りする。

「あー、行ってもうたか…」

 そう呟いて、またひとりで笑う。それを苦労と言ってしまうのはたやすいが、そんな言葉で神岡さんを表現する気にはなれない。だって、神岡さんは笑っている。苦労だと思うのはまわりの勝手な見方で本人はきっと楽しんでいる。たいていのことは笑顔で前を向けば乗り切れるんだと、神岡さんを見てそう思った。

ネット通販で買ったリヤカーは1万9800円

 店もお金もなくてもガッツさえあればパン屋になれる。ネット通販で買った1万9800円のリヤカーだけでパン屋ができた事実は、私たちは自分がなりたいものになんにでもなれるのだという「希望」を指し示している。

 神岡さんは、いまは路上から離れ、目黒で小さな店「シャポー・ド・パイユ」を構える。自家製のバゲットに具材をはさんだカスクルートが約8種、あとはクロワッサンのサンドイッチと、フレンチトーストがいくつか。

お店に並ぶサンドイッチ

 夜9時に仕事をはじめて、翌日のお昼頃まで仕事をつづける。

「よくそんなにサンドイッチを作りつづけられると思います」と、ずっと神岡さんを支えてきたスタッフの坪内さんが言う。

「作りながらずーっとなんか妄想してるから楽しいんじゃないですか」と神岡さんは煙にまく。

“昔の芸人さんのような”神岡修シェフ

 そもそも神岡さんが食の仕事を志したきっかけも「ふわーっと」はじめた放浪にある。