昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載オカンといっしょ

オカンといっしょ #11 Black (前篇)「おっちゃんが死んだ時、空に新しい星が一つ生まれた」

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

「親戚のおっちゃんが死んだ」

 長い電話を終えたオカンがそう口にした時、電話の向こうから低体温が伝わって来た。

 最近、入院したと聞いていたけど、どうやら病状は、末期だったようだ。おっちゃんが死んだ時、空に新しい星が一つ生まれた。

「明日、葬式やから」

「分かった」

 死を最初に意識したのは、10歳の時だ。

 1999年、地球は滅亡するって言われていたのに、何にもなかった。年をまたぐ瞬間の、あの無駄に味わわされた恐怖は一体何だったんだろう?

「もし、親戚の皆に、今何してんのか聞かれたら、普通にバイトしてるって言うて」

「……はー? なんでウソつかなあかんねん?」

 人間の本質は、リバーシブルの服みたいに、見せたくない面を裏返して着る事によって裏側に隠している。

 いつだって「裏返して隠せ」と言われた方が、本当の僕だった。

「何でウソつかなあかんねん? 別にどう思われてもええやんけ」

「普通の人にはアンタのやってる事なんか理解でけへんって」

「分かった。そっちがそう来るなら、こっちも普通なんか理解せえへん」

 洗面台に行き、コンタクトレンズを外す。

 コンタクトのサイズ。それは切手とほぼ同じ。コンタクトレンズは、まるで目に貼る郵便切手だ。僕の事を、見える世界へと運んでくれる。

 その切手を捨てた。明日は、裸眼で参列する。

 そっちがオレを、まともに見ようとしてくれないのなら、オレもお前らの姿なんか、まともに見たらへん。

「死んだら人は、どこに行くん?」

 ガキの頃、オカンに聞いた事がある。

「天国やで」

「天国ってどんな所なん?」

「知らん!」

 ガキの頃の疑問。死んだ人の行き先が、オカンの「知らん!」で強制終了されたその話を、僕はこんな風に蒸し返す。

「天国なんかホンマは無いと思うねん。生きとる奴の頭の中にだけあるもんやと思うわ」

 オレはまだ生きとるから、天国って概念がちゃんと頭の中にある。

 ずっと脳裏に浮かんでいたのは、大人が子供を肩車するみたいに、巨大な神様がおっちゃんを肩車して天国へと連れて行く映像。

 葬儀場に行くと、のっぺらぼうの喪服だらけで、たくさんの黒色がうごめいている。

 喪服の色彩はジャケットの黒に、僅かにかかるワイシャツの白。一つの映画が終わって流れる映画のスタッフロールと同じ色彩。

 スタッフロールで、関わった人達の名前が流れるみたいに、葬式は名前じゃなくて、実物が登場する人生のスタッフロール。

 あちこちですすり泣く声が聞こえて、泣いていない人間は何だか悪者に見える。

 人間の最後の仕事は、葬式の棺桶の中で、来客を出迎える事だ。おっちゃんはそれを全うしていた。

 来客達と一対一で対峙した時に浮かび上がるもの。

 僕にとっては、優しい親戚のおっちゃん。そんな風に、集まった人達にとって、それぞれの人生の中の一部を担っていて、それをパズルのピースみたいに全部集めたら、おっちゃんが出来上がる。

 生前どんな人だったかは、葬儀に集まった人達を見たら分かる。

 葬式は、最後に描かれる故人の肖像画。だから、オレは悲しくも、無念でもないねん。ちゃんと描き切ったやないか。

 すごく優しくて、暖かくて、真っ直ぐな絵が、この大量の黒色の上に浮かび上がっていた。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)