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がんの再発が分かった人に、どんな「言葉の処方箋」を出しますか?

順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授 樋野興夫医師インタビュー#2

2017/12/11
note

人の心は揺れやすいから、短くて覚えられるフレーズがいい

――なるほど。「言葉の処方箋」を聞いた方は、どんな反応をされますか。

樋野 はじめは暗い顔をして面談室に入ってきた人も、帰りは笑顔になることが多いね。「言葉の処方箋」は、私の言葉ではなく、先人たちの言葉という安心感もあり、ストレートに心に響くんですよ。人の心は、ちょっとした出来事で揺れやすいから、覚えられるくらいの短いフレーズがいいんです。耳に残るし、後で反芻できるからね。

――ああ、「今日、先生にこんなことを言われたな」と。

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樋野 そうそう。夜、家で呟いているかもしれないよ。なぜこんな言葉を言われたんだろうと、インターネットで調べることもできる。それで、「あっ、これは新渡戸稲造が言った言葉か」と知ったりね。そういう勉強も、楽しみになるでしょう。

――言葉をお伝えする時に、先人の名前はおっしゃらないんですか。

樋野 言う時もあるし、ケースバイケースだね。でも、耳に残ったフレーズをインターネットで検索すれば、誰の言葉であるか、今は簡単にわかる便利な時代ですからね。その言葉をひとりで皿を洗いながらでも覚えるんですよ。これが大切なんです。その繰り返しが、その人の「器を強くする」ということにも繋がっていくから。

 

――例えば、よく引用されるのは、先人のどんな言葉ですか。

樋野 がん告知を受けて、病気のことが頭から離れずに仕事が手につかない人や、先々を考えて死の恐怖に苛まれてしまう人には、“人生いばらの道、されど宴会”(内村鑑三・聖書)、“目下の急務はただ忍耐あるのみ”(病理学の父・山極勝三郎)とかね。

――人生いばらの道、されど宴会。目下の急務はただ忍耐あるのみ……。たしかに、リズムのある短いフレーズは、耳に残りやすいですね。

樋野 “人生いばらの道、されど宴会”は、「病気であっても、病人ではない。病気はその人の単なる個性に過ぎず、日常に心の楽しみを持つことができる」ということ。

 “目下の急務はただ忍耐あるのみ”というのは、「今は治療だけに集中して、あれこれ考えず、心配事や不安がよぎる時間を減らすべき」ということだね。