麝香牛を探しにセプテンバー湖へ

 獲物をとって犬を救うことで旅は継続でき、それが自分自身を救うことにもなる。絶対に獲物をとる、と私は天地天命に誓った。月に誓った。まだ旅を終らせるわけにはいかなかった。

 そしてどこで何をねらうか考えた。真っ先に妥当と思えたのは麝香牛をねらうことだった。白熊は海豹をねらって海氷上をうろつきまわる放浪者なので、そのとき、その状況にならないとどこにいるかわからない。つまり白熊と会えるかどうかは運次第ということになる。しかし麝香牛はちがう。麝香牛は白熊にくらべてはるかに棲息頭数が多いうえ、私はここ数年アウンナット―イヌアフィシュアク周辺を歩きまわっていたので、実際に群れる場所を知っていたし、またどのような土地に群れる傾向があるのかも推測できた。

 セプテンバー湖だ、と私は思った。

 セプテンバー湖は2014年に私がはじめてこの犬と旅をしたときに立ち寄った湖で、湖畔や丘のうえには大量の麝香牛が群れていた。10頭前後の群れを5、6回は見たと思う。その様子はもはや麝香牛牧場と呼んでも過言ではなかった。あの当時、異様な寒さに震えていた私はそこで1頭の麝香牛を仕留め、その脂を食べまくることで身体が温まりなんとか旅を継続することができた。牛を狩ることで犬の餌も大量に手に入ったので、余ったドッグフードをアウンナットの小屋にデポしたがカナックの猟師に持ち去られてしまったという例の因縁が発生した原因となったのも、セプテンバー湖の麝香牛である。あそこに行けさえすれば絶対に肉が手に入ると思った。そのときの牛たちの屯する映像が鮮やかにフラッシュバックした。

アウンナットの小屋 ©角幡唯介

 残された時間は多くなかった。上空を見上げると丸い月が幻想的な黄色い光を放っていた。月はニヤニヤと笑っていた。この日の月齢は11.8。月は数日で満月をむかえて絶頂となり、それから5、6日は極めて明るい期間がつづく。だがそれ以降は暗くなり遠くの獲物を見極めるほどの光量はなくなるだろう。この極夜世界で狩りをするには月の光をあてにするしかなく、そのためにはどんなに頑張っても今から1週間程度が限界だった。

 時間がない。私は焦り、即座に荷物のまとめにかかった。少しでも足を速くするため、橇を1台に減らし、余分な灯油や装備は英国隊デポ跡地に置いていくことにした。1時間でも惜しかった私は「絶対に麝香牛をとるぞ」と犬に発破をかけてすぐに出発した。