夕食の間も、寝袋に入ってからも、私はどこで何の獲物をねらうべきか延々と思案し、行き先を迷いつづけた。

 残りの食料が限られている以上、狩りをする期間のリミットを決めなければならない。獲物がとれず村にもどることになれば、手持ちの食料で帰還しなければならない。改めて調べると1カ月弱の食料がのこっていた。

 それに加えて犬の肉があった。

デッドラインから狩りに許された時間を逆算する。

 英国隊のデポが食い荒されたことが分かったとき、私は絶対に犬を死なせないと誓ったが、その一方で、もし狩りに失敗して獲物がとれなかった場合は死んだ犬の肉を食って村にもどるしかないな、ということも冷徹に見据えていた。獲物がとれなければ犬は必然的に途中で力尽きるだろうから、その肉を食わない手はなく、その時点で私の食糧は自動的に増えることになる。

 犬の普段の体重は推定約35キロ、餓死して20キロになるとしても臓物を含めて10キロは食えるだろうから、10日分の食料として見込める。狩りに失敗して犬が死んだ場合、その死体もふくめて私の残余食料は1カ月から40日、そうすると、2月10日から20日の間に村にもどるようにすれば最悪、自分だけは生還できる。それにこの時期ならもう十分明るいので氷河の入口も判別できる。ひとまずこのあたりをデッドラインにして狩りに許された期間を逆算した。

 アウンナットから村にもどるには往路と同様、ツンドラと氷床の二次元平面空間を越えなければならない。2月になればもう明るいだろうから往路のように迷う心配は少ないものの、厳冬期の氷床は一週間連続でブリザードが吹き荒れることもあるという話も聞くので、十分な余裕をもって臨まなければ危険だ。私はアウンナットから村まで予備日含めて2週間が必要と考えた。となると2月15日に村に到着すると仮定した場合、2月2日にはアウンナットの小屋を出発しなければならないことになる。さらにイヌアフィシュアクからアウンナットまでは4、5日かかるので、遅くとも1月27日前後にはイヌアフィシュアクを出なければならない。ということは今日は1月10日なので、少なくとも2週間は狩りをすることが許される。

犬の餌を確保するため、狩りにあてられる時間は2週間 ©角幡唯介

自分の選択を後悔したくなかった。

 常識的に考えればアウンナットに引きかえすべきだというのはわかっていた。何しろ食料が十分ではないのだ。アウンナットにもどればそれだけ村が近づくわけで、肉体的にも精神的にも一番安全な選択である。しかし私はアウンナットにはもどらず、あえて北に突っこむことにした。村という人間界から少しでも離れてより深い極夜の闇の奥に突っこむ。そうすることで何か旅の活路が開けてくるかもしれない。それにもし獲物がとれなくても、北に突っこむことで今後、自分の選択を後悔しないですむはずだ。

 地図を見て北方面に麝香牛が狙えそうな場所がないか検討したところ、約50キロ北に進んだところにダラス湾というところがあった。その内陸に湿地が広がっており、いかにも麝香牛が餌場にしていそうな土地に思えた。しかもその湿地は南側で例の麝香牛牧場ことセプテンバー湖とつながっており、おそらく牛たちは湖とこの湿地帯をたえず移動して餌を食っているにちがいない。しかもダラス湾にはもう一つ有望な点があった。麝香牛は海岸より内陸部にいるケースが多いが、グリーンランドの地形は海岸に断崖がつらなり、重たい橇を引いて内陸まで進入できる場所は少ない。しかしダラス湾は地図で見るかぎり非常にのっぺりとした地形が奥までつづき、容易に内陸部にはいり込めそうに見えたのだ。

 とりあえず私は方針を決めた。まずはダラス湾を目指して北上し、その途中で良さそうな割れ目があれば試しに海豹の呼吸口を探してみる。海豹猟がうまくいきそうならそれに専念し、難しそうならダラス湾に直進し、麝香牛にねらいをかえる。