文春オンライン

92歳で胆のうがんを患った作家・瀬戸内寂聴「娘ではなく『血のつながらない家族』が身近にいてくれる」

source : 文藝春秋 2015年3月号

genre : ライフ, 人生相談, ライフスタイル, 医療, ヘルス

note

耐えがたい激痛に襲われる

 昨年5月15日に満92歳の誕生日を迎え、2週間ほど経った頃、また腰に突然痛みを覚えて動けなくなりました。

 実はその直前に、妙な予感がありました。1年前から小説『死に支度』を文芸誌「群像」に連載していましたが、91歳で書きはじめた小説ですから、当初は死ぬまで書きつづけるつもりでした。それが、何とも言えない霊感が働いて、第12回の原稿を書くときに、不意に「これで連載は終わろう」と決めました。その原稿を渡してすぐに腰に痛みを感じて、4年前と同じ先生に診てもらいました。このときも診断は圧迫骨折で、また半年ほど安静にして自然に治るのを待つように言われました。

 実は一度目の圧迫骨折が治ったあとに聖路加国際病院の日野原重明先生と京都の武田病院の武田隆男会長と鼎談して、「5カ月間じっと寝ていた」と話したら、「いまどき寝て治す人はいない」とお二人に笑われました。骨折した部分に医療用セメントを注入する治療法ですぐ歩けるようになる。お二人ともその方法で治したといわれたので、私は「こんど圧迫骨折になったらそうします」と話していたのです。

ADVERTISEMENT

 だから、2度目のときは「セメント療法にしてください」と言いましたが、先生はやはり安静にして治すことを勧められたのです。私も前の経験からやはり自宅のベッドで安静にしていました。

 

 ところが、自宅で寝ていたら、お尻に近いところがどんどん痛くなってきます。その激痛といったら大変なもので、「もう、こんなに痛いなら死んだほうがマシ」と何度もつぶやきました。

 私はそれまで「死んだら、天国は退屈そうだから、地獄へ行きたい」と話していたのですが、地獄の責め苦がこれほど痛いなら、やっぱり天国がいいと考えを改めたくらいです。

 たまりかねて武田会長に電話すると、「病人が痛みを我慢することはない。すぐにいらっしゃい」と言われ、救急車で武田総合病院に運んでもらいました。

 そのまますぐに骨セメント注入療法の手術を受けました。腰に局部麻酔を打ち、痛くも痒くもないまま、半時間ほどであっという間に手術は終わりました。実に簡単なもので、それでもう圧迫骨折はほぼ完治です。

 本来なら数時間もすれば歩いて帰れるはずですが、どういうわけか、腰の激痛は収まりません。それは圧迫骨折が原因ではなく、皮膚の神経痛だとわかりました。麻酔を用いた神経ブロック療法を受け、通常の2倍くらい痛み止めの注射を打ってもらっても効かないのです。そこはやはり老化現象ということでした。

 とにかく痛みで動けないから入院していたのですが、治療の効果も見られないから「そろそろ退院しますか」と言われた頃、検査で胆のうに癌が見つかりました。